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![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d501f4e98b6a4f96a0e28da1f53de4fa~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_d501f4e98b6a4f96a0e28da1f53de4fa~mv2.webp)
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d501f4e98b6a4f96a0e28da1f53de4fa~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_d501f4e98b6a4f96a0e28da1f53de4fa~mv2.webp)
彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [最終話]
第4話「一週間と、もう少し」 商談は、うまくいった。 3日間の打ち合わせで、タイ側のパートナーとの合意が取れた。 数字はまだ詰める余地があったが、方向性は固まった。 日本から持ってきた提案書の骨格は変わらなかった。 細部の調整は向こうのペースに合わせる必要があったが、それはいつものことだ。 山田に報告の連絡を入れると「お疲れ様でした、あとは任せてください」と返ってきた。 そういう頼り方ができる部下がいると、出張の後半が楽になる。 信頼できる部下がひとりいれば、出張の質が変わる。 バンコクにいる間、ユイと3回会った。 2回目は、商談が終わった翌日の夜だった。 彼女から「スクンビットに安くて美味しいタイ料理の店を見つけた」と連絡が来た。 テーブルが4つしかない、路地裏の食堂だった。 プラスチックの椅子に、ラミネートのメニュー。 観光客は誰もいない。パッタイが120バーツ。グリーンカレーが150バーツ。 旅慣れていないはずのユイが、一日で見つけてきた店だった。 食堂のおばさんがタイ語で何か言いながら、勝手に料理を持ってきた。 ユイは「たぶん、今日のおす

GENPASS 編集 三好
4月13日
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8dfea1d39ef14d7784de64faf07f3500~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_8dfea1d39ef14d7784de64faf07f3500~mv2.webp)
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8dfea1d39ef14d7784de64faf07f3500~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_8dfea1d39ef14d7784de64faf07f3500~mv2.webp)
彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第3話]
第3話 「Hotel Nikko、22階」 Tichucaを出たのは、22時を過ぎたころだった。 エレベーターを降りて、T-ONE BUILDINGのエントランスに出ると、スクンビットの夜気が包んできた。 日本の夏よりも、少しだけ重たい空気だ。 湿度が肌に張り付く感じがある。 それでも不快というほどではない。 バンコクの夜の空気には、独特の緩さがある。 東京の夜にはないものだ。 「どっちに帰りますか」とユイが言った。 「Hotel Nikkoの方向です」 「私も、そっちです」 並んで歩き始めた。会話はなかった。 スクンビット通りの喧騒が、二人の沈黙を埋めていた。 バイクタクシーのエンジン音。屋台の油の匂い。 呼び込みの声。タイ語と英語が混ざった音が、夜道に流れていた。 バンコクの夜は、音と匂いで出来ている。 それに慣れてくると、東京の静けさが物足りなくなる。 4回目でもそう感じるんだから、長く住んだらどうなるかわからない。 ユイは横を歩きながら、あまり周囲を見ていなかった。 下を向いているわけではなく、ただ視線が内側に向いていた。...

GENPASS 編集 三好
4月12日
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1e2cd95454b6455b882cdce5eb8cc6df~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_1e2cd95454b6455b882cdce5eb8cc6df~mv2.webp)
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1e2cd95454b6455b882cdce5eb8cc6df~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_1e2cd95454b6455b882cdce5eb8cc6df~mv2.webp)
彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第2話]
第2話 「Tichuca、46階」 エレベーターを降りると、視界が一気に広がった。 Tichuca Rooftop Bar。 46階のオープンエア。スクンビットの夜景が、360度広がっていた。 BTSの線路が光の帯になって南北に走っている。 バンコクのビル群が、霞みを帯びた夜空の下に広がっていた。 東京の夜景とは質が違う。東京は整然としている。 バンコクは、整然とした部分と雑然とした部分が混在していて、その境目が夜になるとわからなくなる。 ライトアップされたビルの隙間に、薄暗い路地が続いている。 その対比が、バンコクの夜を面白くしている。 席に案内された。テラス席の端。二人掛けのテーブルだった。 「どうぞ」と俺が言うと、吉田ユイは少し迷ってから座った。 一人で来る予定だったんだろう。 それが、エントランスで俺と鉢合わせた。 その状況を、彼女はまだ整理できていない。 そういう顔をしていた。でも断ろうとはしていなかった。 ひとりで夜景の前でグラスを持つよりも、見知らぬ日本人と並ぶ方を選んだ。 それが何を意味するかは、まだわからない。 メニューを開いた

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4月11日
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_de2802860cfe40b0b54d87e47350e5e8~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_de2802860cfe40b0b54d87e47350e5e8~mv2.webp)
![彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_de2802860cfe40b0b54d87e47350e5e8~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_de2802860cfe40b0b54d87e47350e5e8~mv2.webp)
彼女が辞めた理由を、俺は聞かなかった [第1話/全4話]
第1話 「T-ONEのセキュリティ」 バンコクに来るのは、これで4回目だった。 スクンビットはいつも人が多い。 BTS沿いのこのエリアは、昼も夜も温度が変わらない。 喧噪は変わらない。変わるのは、やって来る人間の顔つきくらいだ。 昼は働いている顔。夜は何かを求めている顔。 その境界が、バンコクでは特に曖昧に見える。 夜になっても昼の顔をしている人間がいる。 昼のうちから夜の顔をしている人間もいる。 そのへんが、東京とは根本的に違う。 東京は昼と夜の切り替えが明確で、どちらの顔をすべきか、誰もが心得ている。 バンコクはそのルールがゆるい。 それが、この街を面白くしていると同時に、危うくもしている。 ホテルはスクンビット通り沿いのHotel Nikko Bangkokにした。 去年の出張で初めて使ってみて、悪くなかった。 ロビーの作りが日系ビジネスホテルにしては広い。 スタッフの対応が丁寧で、立地がBTSアソーク駅から徒歩圏内。 商談の前日に着いて、翌朝から動ける。 そういう使い方にちょうどいいホテルだ。 チェックインを済ませると、部屋は22階だった

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4月10日
![なんとなく、台北行きにした [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_94935add6a4b4aefaa92749a401d2489~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_94935add6a4b4aefaa92749a401d2489~mv2.webp)
![なんとなく、台北行きにした [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_94935add6a4b4aefaa92749a401d2489~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_94935add6a4b4aefaa92749a401d2489~mv2.webp)
なんとなく、台北行きにした [最終話]
【第4話】高雄の午後 商談は、うまくいった。 正確には、うまくいきすぎた。10時に始まって、11時半には合意の方向が見えた。3ヶ月越しの交渉が、この日の90分でほぼ決着した。こういうことが、たまにある。積み上げてきた時間が、ある瞬間に一気に収束する。 ホテルに戻ったのが12時10分だった。 スーツのジャケットを脱いで、ナツキにメッセージを入れた。 「終わった。どこにいますか」 「愛河のあたりをぶらぶらしてます」 「今から行く」 「え、はや」 12時半に合流した。 8月の高雄の昼は、容赦がない。日差しが刺さってくる。ナツキは白いワンピースに着替えていた。朝のTシャツとは違う、少し大人っぽい印象だった。見た目は童顔なのに、こういう選択をする。そのギャップが、31歳という年齢を時折のぞかせる。 川沿いの麺の店で昼飯を食べた。 ルーローハンを頼んだ。ナツキは牛肉麺を頼んで、「これ台湾来たら絶対食べたかったやつ」と言った。食べながら話した。仕事のこと。なぜ一人で台湾に来たのか。どこに住んでいるのか。 「彼氏は」と俺が聞いた。 「・・・いないです」 間があっ

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4月6日
![なんとなく、台北行きにした [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9160abb7e74648b9abf79c49abcc4071~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_9160abb7e74648b9abf79c49abcc4071~mv2.webp)
![なんとなく、台北行きにした [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9160abb7e74648b9abf79c49abcc4071~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_9160abb7e74648b9abf79c49abcc4071~mv2.webp)
なんとなく、台北行きにした [第3話]
【第3話】乳酪餅の朝 翌朝6時半に目が覚めた。 商談は10時からだ。準備には2時間もあれば足りる。シャワーを浴びて、ホテルの外に出た。高雄の朝は早い。7時前でも街が動いている。屋台が開いていて、スクーターが走っていて、どこかから油の香りが漂ってくる。 早餐店を探した。 台湾の早餐文化を知らずに台湾旅行を終えるのは、もったいないと俺は思っている。ホテルのビュッフェより、街角の早餐店の方がずっといい。地元の人間が並んでいる列に黙って加わって、熱々のものを受け取る。その朝の10分が、旅の質を変える。 「乳酪餅」を頼んだ。 パイ生地の中に、パン、チーズ、卵を挟んだものだ。一口噛むと、バターの香りが鼻を抜けて、チーズがとろける。カロリーの暴力みたいな食べ物だが、これを食べると、その日一日やれる気がする。30元前後。日本円で150円ほど。この金額で、この満足感。台湾の朝食が最強と言われる理由が、一口でわかる。 観光客向けのカフェのモーニングに1500円払うより、この早餐店の乳酪餅を150円で食べる朝の方が、旅としての密度が高い。これは断言できる。 場所を知っ

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4月5日
![なんとなく、台北行きにした [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_dd4e32f1933843d085fd9bbf12ee43a0~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_dd4e32f1933843d085fd9bbf12ee43a0~mv2.webp)
![なんとなく、台北行きにした [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_dd4e32f1933843d085fd9bbf12ee43a0~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_dd4e32f1933843d085fd9bbf12ee43a0~mv2.webp)
なんとなく、台北行きにした [第2話]
【第2話】ほくろの位置 声をかけたのは、食後のドリンクを取りに立ったときだった。 作戦でも何でもない。彼女の隣のドリンクバーに手を伸ばしたとき、目が合っただけだ。向こうも同じタイミングで立っていた。 「日本の方ですか」 俺が先に言った。 「・・・あ、はい」 少し驚いた顔をした。でも、嫌そうではなかった。それだけで十分だった。 「一人ですか」 「そうです。旅行で」 「高雄、何日目ですか」 「今日で3日目です。明日移動で」 テンポよく返ってくる。壁を作っている感じがない。俺は自分の席に戻りながら、「美味しいですよね、ここ」と言った。 「めちゃくちゃ美味しいです」 彼女が言った。 声に屈託がなかった。「めちゃくちゃ」という言葉が、童顔の見た目と妙に合っていた。俺は自分の席に戻って、コーヒーを一口飲んだ。 次の手を考えた。 同じ店に一人でいる、という共通点がある。これは使える。「一人飯の連帯感」みたいなものを、女は意外と持っている。特に海外での一人行動に慣れている女は、同じ状況の人間に対して開きやすい。 俺は席を立って、彼女のテーブルに近づいた。 「隣、

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4月4日
![なんとなく、台北行きにした [第1話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_52e6bf98f7db45859758518a3f93980e~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_52e6bf98f7db45859758518a3f93980e~mv2.webp)
![なんとなく、台北行きにした [第1話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_52e6bf98f7db45859758518a3f93980e~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_52e6bf98f7db45859758518a3f93980e~mv2.webp)
なんとなく、台北行きにした [第1話]
【第1話】商談前夜の高雄 台湾南部に来るのは、これで4回目だった。 高雄は台北とは空気が違う。台北が東京なら、高雄は大阪に近い。人の距離が近くて、夜が長い。出張で来るたびに、この街が少し好きになっていく。 明日は午前10時から商談が入っている。相手は現地の自動車部品メーカー。3ヶ月越しの交渉がようやく佳境に入ってきた。今夜は早めに切り上げて、明日に備えるつもりだった。 つもりだった、というのが正確な表現だ。 ホテルで着替えてから、一人でディナーに出た。山田がいれば適当な店に連れていくのだが、今回は一人だ。せっかくなら、と思って調べておいた店に向かった。「小時厚牛排」。高雄・台南・屏東にしか存在しない、ローカルのステーキチェーンだ。 店に入ると、広い。思ったより広かった。 清潔感があって、エアコンが効いている。8月の高雄の夜は夜でも30度を超える。その熱気を完全に遮断した店内で、熱々の鉄板ステーキを食べる。この対比だけで、すでにこの店に来た意味がある。 チキンステーキを頼んだ。 300元。日本円で1500円ほど。この金額で、メインのステーキにライス

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4月3日
![たぶん、そういうことだと思っている [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8e289665467143bdb8ad3f7c0e08712c~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_8e289665467143bdb8ad3f7c0e08712c~mv2.webp)
![たぶん、そういうことだと思っている [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8e289665467143bdb8ad3f7c0e08712c~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_8e289665467143bdb8ad3f7c0e08712c~mv2.webp)
たぶん、そういうことだと思っている [最終話]
【第4話】4回目は来なかった ホテルの部屋を出る前に、アオイが言った。 「Mさんって、こういうこと慣れてますよね」 俺は少し笑って、「そうでもない」と答えた。 「絶対嘘だ」 彼女も笑った。えくぼが出た。 「楽しかった」 アオイがドアノブに手をかけながら言った。過去形だった。 その過去形が、少し刺さった。現在進行形じゃない。もう終わったこととして、きちんと括っている。23か24の女が、そういう括り方をする。俺より大人かもしれないと思った瞬間だった。 「俺も」 それだけ返した。 ドアが閉まった。 部屋に一人残って、俺はまた天井を見た。シーツにまだアオイの匂いが残っていた。さっきまでいた人間の気配というのは、消えるのに少し時間がかかる。 シャワーを浴びて、スーツに着替えた。コーヒーを頼んで、資料を開いた。11時からの打ち合わせに向けて、頭を切り替えた。 切り替えられた。 これが出張の現実だ。仕事で来ている。仕事に戻る。それだけのことだ。感傷を引きずるほど、俺は若くない。そう思いながら、シーツを一度だけ見た。 それだけだ。 帰国してから、アオイとは3回会

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3月30日
![たぶん、そういうことだと思っている [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_02ec6b553f9c4fc783495b3deafd58e5~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_02ec6b553f9c4fc783495b3deafd58e5~mv2.webp)
![たぶん、そういうことだと思っている [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_02ec6b553f9c4fc783495b3deafd58e5~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_02ec6b553f9c4fc783495b3deafd58e5~mv2.webp)
たぶん、そういうことだと思っている [第3話]
【第3話】知らない場所の夜 ホテルの部屋に入ると、アオイは窓の外を見た。 夜景が広がっていた。川と、橋と、向こう岸のネオン。悪くない景色だった。俺はミニバーから水を二本取り出して、一本をアオイに渡した。 「ありがとう」 小さな声だった。 アオイはまだ窓の外を見ていた。俺は少し離れた位置に立って、同じ景色を眺めた。隣に立つでもなく、後ろに立つでもなく。この距離感が大事だ。詰めすぎると女は身構える。離れすぎると流れが冷める。 「景色、好きですか」 「うん。こういうの好き」 「どういうの」 「知らない場所の夜、みたいな」 それは少し詩的な言い方だと思った。村上春樹を読んでいた女の言葉らしい、とも思った。俺はアオイの横顔を見た。窓の明かりが横から当たって、鎖骨のあたりに小さな影ができていた。首筋が白い。 俺はゆっくりと隣に立った。 アオイは動かなかった。逃げなかった、ということだ。俺たちはしばらく、同じ夜景を黙って見ていた。肩が触れるか触れないかの距離にある。 「緊張してる?」 「・・・してない」 「嘘だ」 「・・・してる」 正直に言えた。それで十分だっ

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3月29日
![たぶん、そういうことだと思っている [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_78475c21d8624ad984c401cb56cad26b~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_78475c21d8624ad984c401cb56cad26b~mv2.webp)
![たぶん、そういうことだと思っている [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_78475c21d8624ad984c401cb56cad26b~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_78475c21d8624ad984c401cb56cad26b~mv2.webp)
たぶん、そういうことだと思っている [第2話]
【第2話】現地、夜の前 現地に着いたのは午後3時過ぎだった。 空港を出た瞬間、熱気と排気ガスと、どこか甘ったるい屋台の匂いが混ざった空気が顔に当たった。この感覚は何年経っても慣れない。悪くはない。むしろ、これを嗅ぐたびに「来た」という気分になる。 アオイとは空港で別れた。 「じゃあ、夜に」 それだけ言って、俺は迎えの車に乗った。アオイはタクシー乗り場の方へ歩いていった。セミロングの黒髪が人混みの中に消えるのを、バックミラー越しに一瞬だけ見た。 仕事が入っている。当然だ。これは出張だ。 ホテルにチェックインして、シャワーを浴びて、スーツに着替えた。取引先との打ち合わせは4時から2時間。その後、軽く会食が入っている。終わるのは9時過ぎになる見込みだった。 アオイに連絡を入れた。 「9時半に終わる。遅くなるけど大丈夫ですか」 既読がついた。返信まで8分かかった。 「大丈夫です」 その3文字を見て、俺は少し笑った。 打ち合わせに入ると、頭は完全に仕事に切り替わった。これは意識してそうしているわけじゃない。長年の出張で、脳がそういう構造になっているんだと思

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3月28日
![たぶん、そういうことだと思っている [第1話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_f9ddc208a2b84358bf01b719dd6a42dc~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_f9ddc208a2b84358bf01b719dd6a42dc~mv2.webp)
![たぶん、そういうことだと思っている [第1話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_f9ddc208a2b84358bf01b719dd6a42dc~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_f9ddc208a2b84358bf01b719dd6a42dc~mv2.webp)
たぶん、そういうことだと思っている [第1話]
【第1話】隣の気配 搭乗してシートに腰を落とした瞬間、気配がした。 通路側に座った俺の左、窓際に女が滑り込んできた。 セミロングの黒髪。白いブラウス。158センチ前後、体重は40台後半といったところか。 顔は整っている。化粧は薄め。いわゆる「作った美人」じゃない。素のまま可愛い、という種類の女だった。 年齢は23か24。せいぜい25。 俺は視線を戻してスマホの資料に目を落とした。動かない。これが鉄則だ。 出張は慣れている。4大商社の自動車部門に入って15年近く、アジア・欧州を行き来し続けてきた。たいていは部下の山田を連れていく。奴がいると雑務を任せられて楽なのだが、今回は別件で飛ばせた。久しぶりの一人出張だった。 一人の出張は嫌いじゃない。誰の目も気にしなくていい。空港のラウンジでコーヒーを一杯飲んで、資料を眺めて、搭乗する。それだけの時間が、妙に好きだった。日常の重力から少しだけ解き放たれる感覚がある。 機内が動き始めた頃、隣の女がシートベルトの金具を探してもたついていた。 俺は何も言わなかった。 手伝うのは簡単だ。でも簡単すぎる動きは、薄い。

GENPASS 編集 三好
3月27日
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