シンクロニシティ [第4話]
- GENPASS 編集 三好

- 6月28日
- 読了時間: 5分

【第4話】 モーター・シティ
デトロイトの空港に降り立ったのは、午前10時だった。
空港からダウンタウンへ向かった。
タクシーの窓から、デトロイトが入ってきた。
かつてアメリカ最大の自動車産業都市だった街は、
1950年代のピーク時に180万人いた人口が、今は70万人を切っている。
廃墟になったビルが風景の中にある。
でも同時に、再開発が進んでいる街区もある。
解体された工場跡に、スタジオやカフェが入っている。
ガラスの塔と、蔦の絡まった廃ビルが、同じ通りに並んでいる。
ふたつの街が、同じ地図の上に存在していた。
更地もあった。
かつてビルが建っていた場所が、今は空き地になっていた。
何も生えていない平らな地面に、雑草だけがあった。
撤去されたのか、燃えたのか、ただ朽ちたのか。
東京なら翌月には別の何かが建っている。
デトロイトは、そのままにしておく。
そこにあった痕跡を、消さずに残しておく。
七瀬が撮りに来たのは、そういうことかもしれない、と思った。
七瀬が撮りに来たのはわかる、と思った。
ヒューストンで「なくなる前に残しておきたいんです」と言っていた。
ホテルにチェックインして、スーツに着替えた。
商談の相手はStellantisの調達部門だった。
ミシガン州オーバーン・ヒルズの本社から、デトロイト市内のオフィスに来てもらっていた。
テーマはEV化に伴うサプライヤー見直しと、新規部品の調達先確保。
会議室に入った。
先方のCPOが最初に言ったのは「日本のサプライヤーは意思決定が遅すぎる」だった。
「その通りです」と俺は言った。
相手が少し戸惑った。
数字を出した。
日本のサプライヤーの納期達成率と品質クレーム件数のデータだった。
橋渡しの役割を担う、という話をした。
沈黙があった。
「次のステップに進みましょう」とCPOが言った。
握手した。
会議室を出て、エレベーターで1階に降りた。
外の空気を吸いたかった。
ロビーから外に出た。
11月のデトロイトは冷えていた。
コートのボタンを留めて、少し歩いた。
ルネサンス・センターのガラスの塔が、曇った空を映していた。
30年前、このビルが建ったとき、デトロイトの復活を誰もが信じた。
その後何が起きたかは、歴史が言う通りだった。
それでもビルは建っている。そういうことだ、と思った。
夕食は一人でApparatus Roomに行った。
Detroit Foundation Hotelの1階にある。
建物は1929年に建てられたデトロイト消防署本部の跡だ。
鉄骨の天井、赤レンガの壁、消防車が出入りしていた車庫跡がダイニングになっている。
入った瞬間に、デトロイトの歴史が圧力として感じられる。
シェフのPaul Groszがミシガン州産の食材にこだわる。
前菜に頼んだのは、ミシガン産のビーツと羊のチーズを合わせたサラダだった。
土の香りが強いビーツを、クリーミーなチーズが包んで、ヘーゼルナッツの食感が締める。
シンプルだが、一口ごとに層がある。
メインはホワイトフィッシュのグリル。
グレートレイクスで獲れた白身魚を、セージとブラウンバターで焼いたものだ。
皮がパリッと焼けていて、中はふっくらと水分を保っていた。
身がほぐれるたびに、バターの香りが鼻を抜けた。
この街で、この食材を、この店で食べる、ということの意味が少しだけわかる気がした。
食事を終えて、外に出た。
スマホを開いた。
七瀬の連絡先があった。
空港で交換していた。
メッセージを書こうとした。
デトロイトにいること、商談が終わったこと、夕食の場所——書きかけて、止めた。
七瀬もデトロイトにいる。
でもそれは、俺たちが会う理由にはならない。
ヒューストンで別れたとき、お互いに何も約束しなかった。
東京でまた、なんて話もしなかった。
あの夜は、ハリケーンと吊り橋効果と、バーボンが作ったものだった。
それをデトロイトに持ち込むのは、違う気がした。
ヒューストンで起きたことはヒューストンで完結している。
それが筋だと思った。
七瀬もそう思っているかもしれない。
あの朝、「いつかまた」とは言わなかった。
俺も言わなかった。
お互いに、それが正直な距離感だと知っていた。
それとも、そう思いたかっただけかもしれない。
スマホをポケットに入れた。
デトロイトの夜は、空が広かった。
ビルが少ないぶん、空が余っていた。
星が出ていた。東京では見えない数の星だった。
Apparatus Roomを出て、少し歩いた。
11月のデトロイトは冷えていたが、人は外にいた。
改装されたビルの前で、地元の若者が煙草を吸っていた。
隣には、窓が全部割れた廃ビルがある。
東京では絶対に並ばない組み合わせだった。
七瀬はこういう場所で何を撮るのだろう、と思った。
廃ビルだけでも、改装後だけでも、完成しない。
その両方が同じコマに収まったとき、何かが起きる。
そういうことを言っていた気がした。
そこで止めた。
会いにいくための理由を探していることに気づいた。
ホテルに戻った。
【次話予告】
翌夜、別のレストランに入ったとき、窓際の席に七瀬がいた。
カメラを隣の椅子に置いて、一人でメニューを見ていた。
七瀬も気づいた。
どちらも、最初は何も言わなかった。
「デトロイトも一緒ですね」と、七瀬が言った。

Apparatus Room(Detroit Foundation Hotel内)
ダウンタウン・デトロイト。
1929年建造の消防署本部跡を改装したホテルの1階レストラン。
鉄骨の天井と赤レンガが、デトロイトの歴史をそのまま残している。
Chef Paul Groszがミシガン産食材にこだわる料理は、廃墟と再生が同居するこの街と同じ方向を向いていた。
グレートレイクスのホワイトフィッシュを食べながら、スマホをポケットに入れた夜。




![シンクロニシティ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1c792288e9c343939a379fceff923f4d~mv2.png/v1/fill/w_980,h_552,al_c,q_90,usm_0.66_1.00_0.01,enc_avif,quality_auto/37d521_1c792288e9c343939a379fceff923f4d~mv2.png)
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