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![不等号 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_3a27938ab6854607be3f2bfbc5bd812b~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_3a27938ab6854607be3f2bfbc5bd812b~mv2.webp)
![不等号 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_3a27938ab6854607be3f2bfbc5bd812b~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_3a27938ab6854607be3f2bfbc5bd812b~mv2.webp)
不等号 [最終話]
【最終話】不等号 朝7時、ジョアンは来なかった。 ロビーで15分待って、電話をかけた。 呼び出し音は鳴った。6回鳴って、切れた。 もう一度かけると、今度は2回で切れた。 切られた、という切れ方だった。 タクシーで工場へ行った。 パシルグダン・ハイウェイは朝のほうが混んでいる。 4車線のうち2車線をコンテナ車が埋めていて、乗用車はその隙間を縫っていく。 路肩がない。 止まれる場所がない道だった。 ジョアンがこの道で追い越しをかけながら言ったことを、三好は思い出した。 この道、事故が多いんです。 工場に着くと、ミスター・タンが出てきた。 「ジョアンは今日、休みです」 「体調ですか」 「さあ。連絡は来ました」 それ以上は言わなかった。 聞いても出てこない種類の言わなさだった。 最後の会議は10時からだった。 向こうは3.8%の値上げで来た。 樹脂と運賃だと言う。 紙は昨日と同じものが出てきた。 三好の手元には、2つあった。 1つは運賃の明細だ。 昨日ジョアンが「出します」と言って、今朝メールで届いていた。 読むと、上がっているのは確かだった。...

GENPASS 編集 三好
3 日前
![不等号 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d7817de0a02b4d8a96e23dae4a50f5aa~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_d7817de0a02b4d8a96e23dae4a50f5aa~mv2.webp)
![不等号 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d7817de0a02b4d8a96e23dae4a50f5aa~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_d7817de0a02b4d8a96e23dae4a50f5aa~mv2.webp)
不等号 [第3話]
【第3話】渡してもらえませんか 水曜の朝も、ジョアンは7時に来た。 助手席に、茶封筒が置いてあった。 A4が入る大きさで、何も書いていない。 封もしていない。 角が柔らかくなっている。 何度も持ち歩いたものの柔らかさだった。 三好が乗るとき、ジョアンはそれを後ろの席へ移した。 隠した動きではない。 椅子を空けるついでに動かした、という動きだった。 朝はまたフアン・ムイで、昨日と同じものを頼んだ。 2日続けて同じものを頼むと、店の人間が顔を覚える。 午後2時に、ジョアンが席を立った。 「少し出ます。4時には戻ります」 代わりにミスター・タンが来て、工程の説明を続けた。 話が途切れたところで、三好は聞いた。 「ジョアンさんは、水曜はいつもですか」 「ああ、水曜はね」 「何かあるんですか」 「家族の用でしょう。10年近くそうだから、誰も聞かない」 10年近く。 この女は、20代の後半だ。 4時5分前に、ジョアンは戻ってきた。 謝りもしなかったし、説明もしなかった。 椅子に座って、続きの資料を開いた。 三好が気づいたのは、帰りの車に乗ってからだった。 後

GENPASS 編集 三好
4 日前
![不等号 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_3c7e297cc5cd4839960c57bc579d8ca5~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_3c7e297cc5cd4839960c57bc579d8ca5~mv2.webp)
![不等号 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_3c7e297cc5cd4839960c57bc579d8ca5~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_3c7e297cc5cd4839960c57bc579d8ca5~mv2.webp)
不等号 [第2話]
【第2話】来ませんでした 朝7時、ホテルの前にジョアンは来ていた。 昨日と同じ車で、昨日と同じ顔だった。 夜中の12時に橋のほうへ走っていった車と、同じ車だった。 三好はそれを言わなかった。 言えば、この女は何か答える。 答えが出てくる前に、もう少し見ておきたかった。 「朝ごはん、食べましたか」 「まだです」 「じゃあ、下で食べましょう。ホテルのは高いので」 ジョアンは、通りの先を指さした。 ホテルの出口から100メートルも行かないところに、戦前の2階建てが並んでいる。 朝からもう人が出ていた。 「ジャラン・トゥルスは、朝が本番なので」 店は同じ通りの131番地にあった。 フアン・ムイという。 1946年からここにある海南式のコーヒー店で、 1階は冷房が入っていて、2階は扇風機しかない。 ジョアンは2階に上がった。 「下のほうが涼しいですよ」 「上は、通りが見えます」 窓から、古い商店の瓦屋根が並んで見えた。 8時半で、下の階はもう埋まりかけていた。 カヤトーストが来た。 炭で焼いたパンに、ココナッツと卵と砂糖を煮詰めたものを塗って、冷たいバター

GENPASS 編集 三好
5 日前
![不等号 [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_6eea6550ca8b4ed38f9ab75896ba31ee~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_6eea6550ca8b4ed38f9ab75896ba31ee~mv2.webp)
![不等号 [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_6eea6550ca8b4ed38f9ab75896ba31ee~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_6eea6550ca8b4ed38f9ab75896ba31ee~mv2.webp)
不等号 [第1話 / 全4話]
【第1話】渋滞がすごいので チャンギに降りて、入国して、そのまま陸路で出国した。 シンガポールにいた時間は1時間半もない。 空港からバスに乗ると、島を北へ抜ける。 高速の両側は森で、そのあと急に倉庫になり、倉庫のあとに検問所がある。 ウッドランズという。 ここで一度降りて、荷物を持って出国の列に並ぶ。 列は長かった。 前にいるのはほとんどマレーシア人で、全員が慣れていた。 慣れている人間の並び方というものがある。 鞄を床に置いて、スマホを見て、列が動くときだけ足で鞄を押す。 国境を越えて通勤する人間が、この二つの街のあいだに何十万人といる。 三好が持っている数字では、ここと、もう一本の橋と、合わせて1日43万人。 朝と夕方に、その半分ずつが動く。 ゲートの機械にパスポートを置いた。 緑のランプが点いて、扉が開いた。 後ろで、音が鳴った。 赤だった。 止まったのは30代くらいの女で、制服のようなシャツを着ていた。 会社の名前が胸に入っている。 向こう側で働いている人間の服装だった。 係官が来て、画面を見て、短く何か言った。 マレー語だった。 一語だ

GENPASS 編集 三好
6 日前
![それまでの猶予 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_db1441cb01744fc2822b15b1bf300f5e~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_db1441cb01744fc2822b15b1bf300f5e~mv2.webp)
![それまでの猶予 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_db1441cb01744fc2822b15b1bf300f5e~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_db1441cb01744fc2822b15b1bf300f5e~mv2.webp)
それまでの猶予 [最終話]
【最終話】 それまでの猶予 夜中に音がした。 雨だった。 チェンマイで雨が降るのは3か月ぶりだと、あとで聞いた。 乾季の終わりに一度だけ来るやつで、来ない年もあるという。 30分ほどで止んだ。 朝7時、ロビーに下りると、ノックはマスクを持っていなかった。 「今日は、要らないです」 外に出て、理由が分かった。 空が青い。 4日目にして初めて、空に色があった。 そして、山があった。 西の正面に、長い稜線が立っていた。 近い。思っていたよりずっと近い。 中腹に金色の点がある。 寺だという。 3日のあいだ、そこには何もなかった。 白いだけだった。 「ずっと、あったんですか」 「はい」 通りに人が出ていた。 バイクを止めて、全員が西を向いて写真を撮っている。 この街の人間が、自分の街の山を撮っていた。 3月に出るのは珍しいらしい。 煙が落ちただけだ。 雨が一度降れば、空気の中のものは地面に落ちる。 落ちれば見える。 見えなかったものは、消えていたわけではない。 工場の最終日は、紙を作る日だ。 話した内容を文章にして、双方が持ち帰る。 ここで書き落としたもの

GENPASS 編集 三好
10月19日
![それまでの猶予 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_35a94558cc364367aa1f09c93f06ebe4~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_35a94558cc364367aa1f09c93f06ebe4~mv2.webp)
![それまでの猶予 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_35a94558cc364367aa1f09c93f06ebe4~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_35a94558cc364367aa1f09c93f06ebe4~mv2.webp)
それまでの猶予 [第3話]
【第3話】 何もしていません 朝7時、ロビーに下りると、ノックはもう外に立っていた。 手にマスクを持っている。 3日目になると、受け取る動作のほうが先に出る。 「マッサージ、どうしますか」 「やめておきます」 「はい」 理由は聞かれなかった。 この街では誰も三好に何も聞かない。 工場に着くと、更衣室に安全靴が揃えて置いてあった。 27.0。昨日と同じ場所に、同じ向きで。 午前はラインの端にいた。 昨日見た12年の列が、今日は違う工程に入っている。 聞くと、3日前から順番を入れ替えて試しているという。 「誰が決めたんですか」 「私です」 ノックは、検査の数字を読み上げるときの顔で言った。 午後の会議で、値段が動いた。 向かいの男が先に口を開いた。 来期の数量を、昨日より小さい数字で言い直してきた。 数量が小さくなれば、普通は単価が上がる。 上がらなかった。 2%下がった。 三好は資料から顔を上げた。 下がる理由が、紙のどこにも書いていない。 説明したのはノックだった。 12年の列を検査の前に置き直す。 そうすると、後ろで直している分が減る。 減った

GENPASS 編集 三好
10月18日
![それまでの猶予 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_7656b3b9ead749c49cac33d430ade5d6~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_7656b3b9ead749c49cac33d430ade5d6~mv2.webp)
![それまでの猶予 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_7656b3b9ead749c49cac33d430ade5d6~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_7656b3b9ead749c49cac33d430ade5d6~mv2.webp)
それまでの猶予 [第2話]
【第2話】 サイズを聞かない 朝7時にロビーへ下りると、ノックはもう外に立っていた。 空は昨日と同じ白さだった。 濃くも薄くもなっていない。 この街の3月は、毎朝これが続くという。 マスクを渡された。 「今日はラインに入りますので」 工場のためではない。 外のためのものだ。 工場に着いたのは8時過ぎだった。 更衣室で作業着に着替える。 帽子の中に髪を入れて、静電気を逃がすバンドを手首に巻く。 最後に、安全靴を渡された。 履いた。ちょうどだった。 「サイズ、聞きませんでしたね」 「……あ」 「普通、聞くでしょう」 「27.0で、よかったですか」 「はい」 27.0だった。 工場の安全靴は、合わないと一日で足を壊す。 だからどこの工場でも必ず聞く。 聞かずに出してきた工場を、三好は知らない。 ノックはロッカーを閉めて、それ以上は何も言わなかった。 ラインの部品は、想像より小さかった。 米粒より小さいものを、人が指で拾って並べている。 機械を置ける大きさではないのだという。 この工場が30年ここにある理由が、その指だった。 座っているのはほとんど女で、

GENPASS 編集 三好
10月17日
![それまでの猶予 [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b25612d2def24a50866b1a2838a3950e~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_b25612d2def24a50866b1a2838a3950e~mv2.webp)
![それまでの猶予 [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b25612d2def24a50866b1a2838a3950e~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_b25612d2def24a50866b1a2838a3950e~mv2.webp)
それまでの猶予 [第1話 / 全4話]
【第1話】 初めてです 降りる30分前から、窓の外が白かった。 雲ではない。雲なら切れ目がある。 これには切れ目がなかった。 高度が落ちても地面が出てこない。 出てきたのは着陸の直前で、滑走路だけが急に現れた。 3月のチェンマイは、焼いている。 2月から火が増えて、3月と4月で山が燃える。 畑の後始末と、森の下草と、その両方でないものも燃える。 この街は山に囲まれた盆地なので、入った煙は出ていかない。 到着ロビーには、日本人が何人もいた。 その中から、彼女はまっすぐ三好のところへ来た。 名前を書いた紙は持っていなかった。 「三好さんですね。ノックです」 日本語だった。 低い声だった。 タイの人間は本名と別に短い呼び名を持っていて、 名刺にもそれが括弧で入っている。 長いタイ語のフルネームの横に、(Nok)とあった。 155センチあるかないか。48キロ前後。 顔が小さくて、肩より少し下まで髪を下ろしている。 北のほうの人間は色が白いと聞いたことがあるが、そのとおりだった。 年齢は30前後。指が長い。 到着ロビーには日本人のビジネスマンが何人もいた。

GENPASS 編集 三好
10月16日
![ここにはないもの [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9a18397cd4fc41b797aa48c37ec383a3~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_9a18397cd4fc41b797aa48c37ec383a3~mv2.webp)
![ここにはないもの [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9a18397cd4fc41b797aa48c37ec383a3~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_9a18397cd4fc41b797aa48c37ec383a3~mv2.webp)
ここにはないもの [最終話]
【最終話】 ここにはないもの 最終日の朝は、6時に目が覚めた。 雨は上がっていた。 降ったあとのこの島は、緑が一段深くなる。 シーツはもう直してあった。 直してから出ていったのだと思う。 1階で朝食をとった。 にんにくで炒めた米に、目玉焼きと干した魚。 甘いソーセージが一本ついてくる。 朝から甘い。 隣の家族が当たり前の顔でそれを食べていた。 三好はコーヒーだけおかわりした。 7時に宮下が来た。 橋は、4日間で一度も空いていなかった。 商談は40分で終わった。 宮下の数字は昨日から1ポイントも動いていない。 動かないことは双方わかっていた。 それでも並べるのが仕事だ。 「持ち帰って、書きます」 「お願いします」 「数字が届いてないのは事実です。ただ、数字以外のところは見てますんで」 宮下が一度、瞬きをした。 「……ありがとうございます」 正午前、工場の玄関でグレースと別れた。 白いシャツに黒いパンツ。 手首の十字架は表を向いていた。 「お世話になりました」 「こちらこそ」 それで終わるはずだった。 「三好さん」 「はい」 「昨日の紙、捨ててもらっ

GENPASS 編集 三好
10月12日
![ここにはないもの [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8523521d4e4f462eae80328f2bb981dd~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_8523521d4e4f462eae80328f2bb981dd~mv2.webp)
![ここにはないもの [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8523521d4e4f462eae80328f2bb981dd~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_8523521d4e4f462eae80328f2bb981dd~mv2.webp)
ここにはないもの [第3話]
【第3話】 筋は通っていた 3日目の夜、宮下は来なかった。 店はグレースが決めた。 市街を抜けて上りに入ると道が細くなり、両側から木が迫ってきた。 ヘアピンを一つ曲がるたびに窓の下の明かりが遠くなる。 上がっているというより、街が沈んでいく。 標高400メートル。 市街から30分なのに、窓を開けると空気が違う。 この島で初めて涼しいと思った。 店は道の脇の、何も書いていない門から入った。 石の床で、壁が片側だけない。 テラスがそのまま夜に開いている。 眼下に街の明かりが全部あって、その向こうが海で、海の向こうにまた島の明かりがある。 昼間渡った橋が、細い光の線になっていた。 照明は低く、テーブルの上だけが明るい。 「宮下さんは、この店にはお客さんを連れてこないそうです」 グレースがメニューを開きながら言った。 「奥さんと来る店なので」 出てきたのは、豚だった。 骨付きのすね肉を煮てから揚げたクリスピー・パタ。 表面が完全に割れていて、崩すと湯気が立つ。 中は煮込んだ繊維が崩れていて、外の硬さと噛み合わない。 噛み合わないのがいいらしい。 セブに来

GENPASS 編集 三好
10月11日
![ここにはないもの [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_124506d8c474488293d494bcc2c9b8ee~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_124506d8c474488293d494bcc2c9b8ee~mv2.webp)
![ここにはないもの [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_124506d8c474488293d494bcc2c9b8ee~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_124506d8c474488293d494bcc2c9b8ee~mv2.webp)
ここにはないもの [第2話]
【第2話】 愛知にいます 7時にロビーへ下りたら、宮下はもう外にいた。 橋は、言われたとおり死んでいた。 乗った瞬間から動かない。 両側を原付がすり抜けていく。 後ろの人間が、膝に弁当らしい袋を乗せていた。 「これ、毎朝ですか」 「毎朝です」 宮下は顔色を変えずに言った。 「3本目の橋ができたんですけどね。有料だし、降りる場所が違うんで」 工場の門に、グレースが立っていた。 白いシャツに黒いパンツ。 昨日と同じ格好に見えて、シャツだけ違った。 その日は朝からラインの端に入った。 帽子に髪を全部入れて、靴の裏を粘着マットに2回つける。 入った瞬間に冷える。 外の湿気が肌から引いていく。 案内はグレースがした。 工場を案内する人間は、たいてい自分が得意な工程から喋る。 この女は最初から最後まで流れの順に喋って、一度も戻らなかった。 途中で足を止めた。 一つの席で、規定にない動きが入っている。 部品を置く前に、指で縁を一度なぞる。 「これ、手順にありますか」 「ありません」 グレースは即座に言った。 「3か月前からです。バリが出る型があって、その日だけ

GENPASS 編集 三好
10月10日
![ここにはないもの [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1800f90d213d4fb39780955402a65ea4~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_1800f90d213d4fb39780955402a65ea4~mv2.webp)
![ここにはないもの [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1800f90d213d4fb39780955402a65ea4~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_1800f90d213d4fb39780955402a65ea4~mv2.webp)
ここにはないもの [第1話 / 全4話]
【第1話】 質問が一つ多い マクタン・セブ国際空港は、海のすぐ横にある。 着陸の直前まで窓の下は水で、 車輪が接地した瞬間にようやく島が島になる。 機体を出たところで、空気が変わった。 温度ではなく、重さだった。 日本の夏にもある暑さだが、こちらはそれが一日中そこにいる。 出口に日本人が立っていた。 ポロシャツの袖から出ている腕が、肘から先だけ色が違う。 この国で何年も車を運転している人間の腕だった。 「三好さんですよね。宮下です」 握手が強かった。 三好の会社が買っている部品を、この島の工場で作っている。 宮下はその工場の長だ。 日本人の駐在はこの男一人で、あとは数百人全員がフィリピン人。 だから客が来れば工場長が自分で空港まで出てくるし、だから腕が焼けている。 「お疲れさまです。暑いでしょう」 「思ったより」 「いまが一番マシなんですよ、これで」 セブで12年。 奥さんはこちらの人だと、歩きながら自分から言った。 聞いてもいないことを先に出す種類の男だった。 悪くはなかった。 工場は空港から15分だった。 三好は買う側で、宮下は売る側だ。..

GENPASS 編集 三好
10月9日
![心にもないこと [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d3060c1ed1f0478088d432f383700717~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_d3060c1ed1f0478088d432f383700717~mv2.webp)
![心にもないこと [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d3060c1ed1f0478088d432f383700717~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_d3060c1ed1f0478088d432f383700717~mv2.webp)
心にもないこと [最終話]
【最終話】 心にもないこと 最終日の朝は、雨の音で目が覚めた。 5分で止んだ。 この街の雨はいつもそうで、 降っている最中だけ世界が終わりそうな音を立てて、あとは何もなかった顔をする。 シーツはもう直してあった。 ベッドの右側だけ、少し形が残っていた。 それを見ないようにして、スーツケースを閉めた。 チェックアウトの前に、一度だけ8階へ上がった。 バーは当然閉まっている。 ガラス越しに川が見えた。 この4日間、この店では一杯も飲んでいない。 夜は毎晩、外に出ていたからだ。 100年前にこの建物を建てたのは、 この街の不動産を握っていた男だという話を、初日に佐伯から聞いた。 名前も聞いた。もう思い出せなかった。 出発は昼過ぎの便だった。 チェックアウトのあと、佐伯とリンが迎えに来て、 空港へ行く前にコーヒーを飲むことになった。 店は1区の古いビルの上階にあった。 入口は狭くて、看板もほとんど出ていない。 人ひとり分の階段を上がると、急に天井の高い部屋に出る。 窓が縦に長く、木の床がすり減っていて、壁ぎわに麻袋が積んである。 この国のコーヒーがどこか

GENPASS 編集 三好
10月5日
![心にもないこと [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cab2352b94634087bc52fec61f61fa6d~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_cab2352b94634087bc52fec61f61fa6d~mv2.webp)
![心にもないこと [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cab2352b94634087bc52fec61f61fa6d~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_cab2352b94634087bc52fec61f61fa6d~mv2.webp)
心にもないこと [第3話]
【第3話】 部屋を移る 3日目の商談で、大筋が見えた。 先方は2回に分けて値段を下げてきた。 2回目のほうが小さい。 これ以上は出ないという出し方だ。 東京が欲しがっている線には届かないが、届かないなりの理屈は立つ。 つまり三好の中では、結論が出つつあった。 それを口に出す場面は、この出張にもうない。 持ち帰って書く報告書の中にしかない。 夕方、佐伯がホテルまで送ってくれた。 「すみません、今日は本当に出られなくて。うちの本部、23時まで平気で押さえてくるんで」 「気にしないでください」 「店、予約しときました。リンに場所送ってあります」 エンジンをかけたまま、佐伯が笑った。 「あそこ、部屋がいっぱいあって面白いんですよ。三好さん、たぶん好きだと思います」 店はサイゴン川沿いにあった。 100年前に建った屋敷を、そのままバーにしている。 看板は小さい。 天井が高く、剥き出しの煉瓦に低い灯りが当たっている。 もとが誰かの家だから部屋がいくつもあって、奥へ行くほど狭く、暗くなる。 数年前まではネオンの派手な店だったのを全部剥がして、建物の顔に戻したの

GENPASS 編集 三好
10月4日
![心にもないこと [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cb30ad632460416d9dca15562f402ad6~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_cb30ad632460416d9dca15562f402ad6~mv2.webp)
![心にもないこと [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cb30ad632460416d9dca15562f402ad6~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_cb30ad632460416d9dca15562f402ad6~mv2.webp)
心にもないこと [第2話]
【第2話】 鯉のいる中庭 朝の高速は、前の日より30分よけいにかかった。 雨季の終わりの雨が夜のうちに降って、路面の水が引いていない。 原付が水を避けて車線の真ん中まで出てくる。 佐伯はクラクションを一度も鳴らさなかった。 「ここで鳴らすと、余計に寄ってくるんで」 ハンドルを持つ手の甲が焼けている。 この街で運転する人間の手だった。 会議室の空気は、前の日と同じ温度に冷やされていた。 先方も同じ4人。 三好は同じ椅子に座り、リンは同じ位置に座った。 午前の議題は納期だった。 数字が動かない。 昼前に、三好は前の日と同じことを、少し違う言い方で言った。 「この条件のままだと、来期の見積もりは他の国のものと並べます。並べたら、値段以外のところで勝ってもらうしかありません」 リンが訳した。 今度は、長かった。 三好の言葉より長いくらいだった。 削ったのではなく、足したのかもしれない。 だが少なくとも、落としてはいない。 それは相手の顔でわかった。 決裁者の男が資料を閉じた。 ページを繰る音が止まって、部屋が静かになった。 エアコンの音だけが残った。 1

GENPASS 編集 三好
10月3日
![心にもないこと [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_498b7f28ca6a494a9fe9d6df9dea4c38~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_498b7f28ca6a494a9fe9d6df9dea4c38~mv2.webp)
![心にもないこと [第1話 / 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_498b7f28ca6a494a9fe9d6df9dea4c38~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_498b7f28ca6a494a9fe9d6df9dea4c38~mv2.webp)
心にもないこと [第1話 / 全4話]
【第1話】 短い訳 9月のホーチミンは、空港の自動ドアが開いた瞬間に体温が変わる。 乾季にはまだ早い。 湿った空気が首の後ろに貼りつく。 排気と、どこかで揚げている油と、雨の降る前の匂い。 タンソンニャットから市内までは7キロしかないのに、夕方のこの時間は40分かかる。 「三好さん、こっちです」 到着ロビーで手を上げたのが佐伯だった。 半袖のシャツにショートカット、腕も首も日に焼けている。 東京にいたころは服にも化粧にも隙のない女だったのに、 いまは日焼け止めしか塗っていない顔をしていた。 喋る速度が2段階上がっている。 「車、路肩に停めてます。ここ、5分で警備が来るんで走ります」 佐伯はこの街で5年目になる。 三好が東京で会っていたころ、彼女は資料の余白まで揃える人間だった。 いまはタクシーの運転手と現地語で値段を詰めている。 人は置かれた場所の速度になる。 車が高速に乗ると、佐伯が窓を10センチ開けた。 「エアコン効きすぎて頭痛くなるんで」 入ってきた風が生温かった。 宿はドンコイ通りの南端にある。 1925年に建った建物で、建てたのはこの街

GENPASS 編集 三好
10月2日
![三番目の風 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b3817bc990314b788fb17b480f903098~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_b3817bc990314b788fb17b480f903098~mv2.webp)
![三番目の風 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b3817bc990314b788fb17b480f903098~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_b3817bc990314b788fb17b480f903098~mv2.webp)
三番目の風 [最終話]
【最終話】 三番目の風 音がなくなって目が覚めた。 二日ぶりの静けさだった。カーテンが垂れている。 窓を開けると、空気が乾いていた。 昨日まで黄色く濁っていた空から砂が落ちて、 対岸の旧市街の輪郭が、剃刀で切ったように立っている。 海峡には白波がなかった。 石板のような青が横たわって、 その上を白いフェリーが一隻、ゆっくり進んでいた。 船が動いている。荷物も動く。 デニズは机にいた。 ベッドではなく、窓際の書き物机だ。 ホテルの便箋を何枚か広げて、ペンを持っていた。 三好が起きたことに気づいて、顔だけ上げた。 「寝てないのか」 「寝ました。少し」 便箋には、日付と数字と、短いトルコ語が並んでいた。 表のような形をしている。 「数えているのか」 「思い出しています」 彼女はペンを置いた。 「三好さん。私、たぶん全部持っています」 「全部」 「署名した書類の控えです。会社の分とは別に、自分のぶんを取ってあります。名古屋にいたとき、そうしろと教わったので」 「誰に」 「覚えていません。たぶん、工場の人です」 彼女は少し笑った。 「日本の人は、みんな控え

GENPASS 編集 三好
9月28日
![三番目の風 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_2b2ac1dc25d04472ae999a44abd6f236~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_2b2ac1dc25d04472ae999a44abd6f236~mv2.webp)
![三番目の風 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_2b2ac1dc25d04472ae999a44abd6f236~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_2b2ac1dc25d04472ae999a44abd6f236~mv2.webp)
三番目の風 [第3話]
【第3話】 喉を焼く 彼女の言ったとおりになった。 朝、窓を開けた瞬間に音でわかった。 建物の角を削るような、低くて途切れない風の音だ。 カーテンが水平に持ち上がって、部屋の中の紙が一斉に床へ落ちた。 海峡は灰緑色で、白波が端から端まで立っている。 昨日まで数分おきに行き来していたフェリーが、一隻も見えなかった。 7時半に、桟橋まで歩いた。 柵が下りている。 渡し板に鎖が巻かれて、掲示板にトルコ語と英語で欠航が出ていた。 売店のプラスチックの椅子が倒れたまま、誰も直していない。 防水布が一定の間隔で鳴っている。 海の色より先に、空の色が異様だった。 低くて、黄色い。 砂を含んだ風がアフリカから上がってくると、この街の空はこうなるらしい。 船が止まれば、荷物も止まる。 今日は何も進まない。 今夜の約束だけが、昨日のまま残っている。 ホテルに戻ってメールを開いた。 一昨日、東京に投げた質問の返事が来ていた。 荷受人の履歴を全部出してほしい、と書いた件だ。 返信は一行だった。 触るな 三文字。 名前も、挨拶も、理由もない。 三好はその三文字をしばらく

GENPASS 編集 三好
9月27日
![三番目の風 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_317453c1edbf4164bab4cf7510bb08f1~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_317453c1edbf4164bab4cf7510bb08f1~mv2.webp)
![三番目の風 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_317453c1edbf4164bab4cf7510bb08f1~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_317453c1edbf4164bab4cf7510bb08f1~mv2.webp)
三番目の風 [第2話]
【第2話】 七枚の表札 朝から風が変わっていた。 南西から重い空気が押してくる。 ロドス、とこの国の人間は呼ぶ風だ。 青が薄い黄色に濁って、遠くのモスクの輪郭が少しぼやけている。 桟橋では、フェリーが着岸のたびに舷側を軋ませていた。 11時に、三好はホテルを出た。 行き先は決めてあった。 昨夜、名刺の裏と船積みの写しで同じだった住所だ。 歩いて七、八分。 坂を下って、海の側へ回り込んだあたり。 19世紀の商館だった。 玄関の石がすり減って、真ん中がくぼんでいる。 エレベーターはない。 四階まで上がった。 扉は一つだった。 木の扉で、上半分が曇りガラスになっている。 その横に、真鍮の表札が縦に七枚並んでいた。 六枚は緑がかって曇っていて、文字の彫りに埃が溜まっている。 何年もそこにある表札の顔だ。 一枚だけが新しかった。 上から三番目。 角が立っていて、磨いたばかりのように光を返している。 ネジの頭にも傷がない。 三好はその一枚を読んだ。 昨夜、船積みの写しで見たのと同じ名前だった。 その二つ下、上から五番目に、デニズの会社のイスタンブール事務所の

GENPASS 編集 三好
9月26日
![三番目の風 [第1話 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_fbc0f724084a44d3824006469deac8be~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_fbc0f724084a44d3824006469deac8be~mv2.webp)
![三番目の風 [第1話 全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_fbc0f724084a44d3824006469deac8be~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_fbc0f724084a44d3824006469deac8be~mv2.webp)
三番目の風 [第1話 全4話]
【第1話】 銀行通り 9月の終わりのイスタンブールは、昼はまだ25度を超えていた。 空港からの高速で、運転手が窓を10センチほど開けた。 入ってきた風が生ぬるい。 潮とディーゼルと、どこかで焼いている肉の匂いが混ざっていた。 ヨーロッパに降りたはずなのに、鼻が最初に拾ったのはアジアの匂いだった。 この街はそういう場所らしい。 三好が泊まるのは、カラキョイのバンカラル通り。 直訳すれば銀行通りだ。 19世紀の終わり、帝国の金はこの200メートルほどの坂に集まっていた。 その名残が、石の塊のまま両側に残っている。 両替屋の表示が、前に来たときより一段悪くなっていた。 この国の金は毎月少しずつ軽くなる。 ホテルは坂の下から五軒目。 1863年に建った銀行の建物で、そのまま宿になっている。 ロビーに入って、三好は少し笑った。 金庫があった。 開いたままの、扉の厚みが30センチ近い鉄の塊。 その周りをガラスが半円に囲んで、カウンターになっている。 金を仕舞うための部屋を、金を使うための部屋に変えたわけだ。 改修したのはこの国の建築家で、費用は聞いて呆れる額

GENPASS 編集 三好
9月25日
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