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山田には、言えない [第2話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 5月23日
  • 読了時間: 4分



【第2話】 チキンライスと、視線の話


Maxwell Food CentreはチャイナタウンのNeil Road沿いにある。

屋根付きのホーカーセンターで、昼前から人が溢れる。

観光客と地元民が同じ列に並ぶ。

「天天海南鶏飯」の行列が一番長い。

茹でたチキンをご飯と一緒に食べる、シンガポールの国民食だ。プレートで10ドル。

チキンは滑らかで、噛むと出汁が溢れてくる。

ジンジャーソースとチリソースを混ぜると、それだけで一食になる。

高級料理には出せない、正直な旨さがある。

ビジネスで来ると、こういう場所まで足を運べないことが多い。

山田は初めてだった。

ユイも初めてだった。


3人で並んで食べた。

山田がユイに話しかけ続けた。

デザイナーの仕事のこと、好きなカフェのこと、旅の目的のこと。

よく聞く。熱心だ。悪い男ではない。

ただ、少し前のめりすぎる。

ユイは答えながら、時々俺を見た。


確認するような視線だった。

「この人はどう思っているのかな」という目。

俺は食べていた。

聞いていた。

何も言わなかった。


「三好さんはシンガポール何回目ですか」とユイが聞いた。

「5、6回。」

「好きですか。」

「仕事でしか来ないけど、好きな都市だと思う。」

「なんで。」

「ルールが多い。でも窮屈じゃない。そのバランスが面白い。」

山田が「そうっすね」と言った。

ユイは俺を見たまま少し笑った。


午後は別行動にした。

山田がユイにLINEを聞いた。

ユイは断らなかった。

山田は嬉しそうだった。

「いけそうな気がしてきました」と俺に言った。

「そうか」と俺は言った。


夜、3人でBurnt Endsへ行った。

アン・シアン・ロードの路地裏にある店だ。

入り口は小さく、薪窯の煙が外まで漂っている。

カウンター席からキッチンが丸見えで、シェフが炎に向かって動いているのが見える。

スモーク・ビーフ・リブをオーダーした。190ドル。

塊で来る肉の表面は炭の色で、中はまだ赤い。

噛むと脂と燻製の香りが後から来る。

ソースは不要だ。肉だけで完結している。

シンガポールで予約が最も取りにくい店のひとつだという話を、山田が先に説明してしまった。

残しておけばよかった情報だ、と俺は思った。


山田がよく話した夜だった。

ユイのデザインの仕事のこと。

シンガポールで見た展覧会のこと。

東京に帰ったらしたいことのこと。

山田の話の引き出し方は悪くない。

相手を気持ちよく喋らせる技術は持っている。

ただ、自分の話を聞かせたくなるタイミングで前に出てしまう。

そこがいつも惜しい。

「最近どんな仕事してるんですか」と山田が聞いた。

ユイがパッケージデザインの話をした。

地方の小さい菓子メーカーのブランディングを一人で引き受けているという。

「それ楽しいですか」と山田が言った。

「楽しいですよ、一人だから全部決められるんで」とユイが言った。

「でも孤独じゃないですか」と山田が言った。

ユイが少し間を置いた。

「慣れました」と言った。


ユイも笑っていた。

楽しんでいたのだと思う。

ただ、笑い方が山田に向けるときと、俺に向けるときで少し違った。

山田には接客の笑顔に近いものがあった。

俺には、何かを確かめるときの顔があった。

気のせいかもしれない。気のせいではないかもしれない。

どちらでも構わなかった。

俺は肉を食べていた。「慣れました」という言葉が、まだ頭の中にあった。

一人でいることに慣れた人間の言い方は、どこか特有の静けさを持つ。

山田にはそれが聞こえていなかったと思う。

聞こえても、意味を取れなかったかもしれない。


「三好さんはいつもこんなに静かなんですか」とユイが言った。

「静かですか。」

「山田くんと全然違う。」

山田が「三好さんはそういう人なんですよ」と笑って言った。

フォローのつもりだったのかもしれない。

俺は特に何も言わなかった。

「静かな人の方が怖い」とユイが言った。

どういう意味かは聞かなかった。

聞かない方がいい気がした。


食事が終わって外に出た。

夜のシンガポールは蒸していた。

東京の夏とも違う、赤道に近い熱帯の夜だ。

「もう少し飲みませんか」と山田が言った。

ユイは「いいですよ」と言って、俺を見た。

返事を待っていた。

「行こう」と俺は言った。





Burnt Ends(バーント・エンズ)/基本情報

住所: 20 Teck Lim Road, Chinatown, Singapore

おすすめ: スモーク・ビーフ・リブ(S$190〜)、デービッドズ・デイリー

特徴: ミシュランビブグルマン常連のモダンオーストラリアンBBQ。

4トンの薪窯から生み出されるスモーク料理はシンガポールで最も予約が取りにくい一軒として知られる。

カウンター席からオープンキッチンと炎が見える臨場感が特徴。



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