top of page
![空港まで、三十分 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_42d98b4d66c14eda8710d88acccbc358~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_42d98b4d66c14eda8710d88acccbc358~mv2.webp)
![空港まで、三十分 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_42d98b4d66c14eda8710d88acccbc358~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_42d98b4d66c14eda8710d88acccbc358~mv2.webp)
空港まで、三十分 [最終話]
【第4話】 空港まで、三十分 朝、目が覚めたとき、リカはすでに起きていた。 キッチンでコーヒーを淹れていた。 「おはよう」と言って、俺にもカップを渡した。 バルコニーに出て、二人で飲んだ。 ドバイの朝は静かだ。 砂漠の空気が冷たく、街がまだ動き出していない。 高層ビルの窓に朝日が当たって、街が光っている。 夜とは全く違う顔だ。 こういう朝を、リカは2年間ここで迎えてきた。毎日一人で。 「昨日、楽しかった」とリカが言った。 「俺も。」 「・・・珍しいんです、こういう夜。」 何に対して珍しいのかは、聞かなかった。聞く必要がなかった。 「フライト、何時?」と彼女が聞いた。 「午前11時。」 「送ります」と彼女は言った。 「いい。タクシーで行く。」 「送ります」ともう一度言った。 断る言葉を探したが、出てこなかった。 リカが送ると言うとき、それは好意でも義務でもなく、自分でそう決めたということだ。 2年間、自分のことを自分で決めてきた女の言い方だ。 俺にはそれを断る理由がなかった。 リカの車は白いSUVだった。 ドバイでは日本より運転しやすいと彼女は言っ

GENPASS 編集 三好
2 日前
![空港まで、三十分 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_58486d084a8945289818369842632961~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_58486d084a8945289818369842632961~mv2.webp)
![空港まで、三十分 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_58486d084a8945289818369842632961~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_58486d084a8945289818369842632961~mv2.webp)
空港まで、三十分 [第3話]
【第3話】 52階と、彼女の部屋 Ce La ViはAddress Sky Viewの52階にある。 ドバイには高いところにバーがある、と知っていても、ここは別格だ。 エレベーターを降りた瞬間、ブルジュ・ハリファが正面にある。 夜に光る世界一の高さのビルが、目の前に立っている。 観光地という言い方は正確じゃない。 ここは、ドバイの夜を正面から受け取る場所だ。 カクテルを頼んだ。 ローズウォーターとサフランを使ったシグネチャーカクテル。AED88。 一口飲むと、花の香りが鼻を抜けて、後からほのかな苦みが来る。 中東の香辛料と西洋のカクテル技術が混ざった味は、ここでしか作れない。 ドバイという都市そのものが、この一杯に入っている気がした。 しばらく二人で、ブルジュ・ハリファを見ていた。 「きれいですね」とリカが言った。 「毎日見てる?」 「毎日じゃないけど、飽きない。」 「東京に戻りたいと思う?」 「・・・たまに。」 「どんなとき。」 「誰かと話したいのに、話せない日。」 そう言ってから、「なんか変なこと言いましたね」とリカが笑った。 笑い方がおかし

GENPASS 編集 三好
3 日前
![空港まで、三十分 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8a8862692de04270a6b200fcf8a8868b~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_8a8862692de04270a6b200fcf8a8868b~mv2.webp)
![空港まで、三十分 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8a8862692de04270a6b200fcf8a8868b~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_8a8862692de04270a6b200fcf8a8868b~mv2.webp)
空港まで、三十分 [第2話]
【第2話】 彼女のドバイを、もらった朝 Comptoir 102はジュメイラのビーチ通り沿いにある。 2012年から続くフレンチオーガニックカフェで、ドバイに長く根付いている部類に入る。 木製の家具と、古びた棚と、オーガニック食材が並んだ内装。 外に面したテラスから、朝の光が入る。 レセプションでもZumaでもない、ドバイの別の顔がここにある。 「ここに来ると、ドバイにいることを少し忘れられるんです」とリカは言った。 アサイーボウルを頼んだ。AED68。 フルーツとグラノーラが重なり、底のアサイーはなめらかで、甘みより先に酸みが来る。 グラノーラが崩れていく感触と、コーヒーの苦みが交互になる。 観光客が来る店ではなく、ドバイで暮らしている人間が週に一度寄る店だ。 古いレコードが壁に飾られていて、窓から朝の光が入ってくる。 砂漠の国にいながら、どこかフランスの田舎のカフェのような空気がある。 ジュメイラのビーチを知っている人間が来る場所だ、ということが、入った瞬間に分かる。 リカが「おはようございます」と言うと、店のスタッフが名前で返した。...

GENPASS 編集 三好
4 日前
![空港まで、三十分 [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_abe118d3c6b24518a334af3ea01db594~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_abe118d3c6b24518a334af3ea01db594~mv2.webp)
![空港まで、三十分 [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_abe118d3c6b24518a334af3ea01db594~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_abe118d3c6b24518a334af3ea01db594~mv2.webp)
空港まで、三十分 [第1話/全4話]
【第1話】 DIFCの夜、仕事の話から始まった ドバイに来て4日目になる。 UAEが国家レベルで進める電動交通インフラの整備 ——政府系投資機関と、複数の日系企業が絡む案件だ。 EV充電ネットワークの整備から公共交通の電動化まで、いくつかの商談が重なっていた。 砂漠の国がEVに舵を切る理由は単純だ。 石油に頼らない未来を、誰より早く準備しておく必要がある。 そういう国だから、話が動く速度も速い。 東京の会議室で同じ話をするより、ここで3日過ごした方が、ずっと早い。 夜はDIFC内のホテルで業界レセプションがあった。 UAE政府系ファンド主催で、日系と欧州系の企業が集まっていた。 スーツの男たちが英語と日本語を交ぜながら、グラスを持って立ち話をしている。 こういう場は得意ではないが、嫌いでもない。 顔を覚えるより、覚えられる方が重要だということを、出張を繰り返す中で学んだ。 彼女を見つけたのは、会場の端のテーブルだった。 165センチ。黒のドレス。細い。立ち方に力みがない。 周りと話しながら、でもどこか外を向いているような目をしていた。 輪の中にい

GENPASS 編集 三好
5 日前
![沈む前に、飲もう [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_30ef9df89b1642b3a5ed0fa4562c9c06~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_30ef9df89b1642b3a5ed0fa4562c9c06~mv2.webp)
![沈む前に、飲もう [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_30ef9df89b1642b3a5ed0fa4562c9c06~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_30ef9df89b1642b3a5ed0fa4562c9c06~mv2.webp)
沈む前に、飲もう [最終話]
【最終話】 その夜だけの話だ 翌朝、目が覚めたとき、サキはいなかった。 時刻は7時過ぎ。シーツに彼女の熱が残っていた。 バスルームに行ったかと思って確認したが、誰もいない。 バルコニーに出た。スミニャックの朝の空気が来た。 海の方から風が吹いている。隣に人の気配はなかった。 テーブルにメモがあった。 「先に出ます」とだけ書いてあった。 丸い字だった。一文だった。それ以上でも以下でもなかった。 LINEの交換はしていなかった。 昨夜もしなかったし、今朝も求めなかった。 俺もそれでいいと思っていた。 聞かなかった、ではなく、聞く必要がなかった。 この種の夜には、続きを前提にしない方が誠実な場合がある。 サキも、それを分かっていたと思う。 彼女が「先に出ます」と書いたのは、そういうことだ。 「さようなら」ではなく「先に」と書いた。 それは事実だけを書いた一文だ。 余計なことが何も書いていない文章は、書いた人間の知性を表す。 俺はそれが好きだった。 メモをしばらく手に持っていた。 それから折り畳んで、財布に入れた。 なぜそうしたのか分からない。 捨てても

GENPASS 編集 三好
5月11日
![沈む前に、飲もう [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_08a90d5bc53040d8800b0411594b679b~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_08a90d5bc53040d8800b0411594b679b~mv2.webp)
![沈む前に、飲もう [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_08a90d5bc53040d8800b0411594b679b~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_08a90d5bc53040d8800b0411594b679b~mv2.webp)
沈む前に、飲もう [第3話]
【第3話】 岩の上で、夕陽を見た 翌日の午後5時に、ホテルのロビーで落ち合った。 The Rock Barは、ジンバランのAYANAリゾートの崖の下にある。 インド洋を14メートル見下ろす玄武岩の上に作られたバーだ。 リゾートから傾斜のついたインクラインリフトで降りる。 崖を滑り降りるように動く狭い箱の中に、二人で乗り込んだ。 サキの肩が俺の腕に触れた。 彼女は少し前のめりになって、外の景色を見ていた。 下に、海が見え始めた。 「すごい」と彼女は言った。声が小さかった。 驚くのが正しい景色というものがある。 俺も初めて来たとき、そう思った。 なるほど、岩の上だ、と。 席についた。カクテルを頼んだ。 マンゴーとパッションフルーツのトロピカルカクテル。Rp185,000。 南国の甘さが口の中でほどける。氷が多く、飲み口がいい。 夕陽が沈みかける時間帯、オレンジ色の光がインド洋の水面を染めていく。 空の色が刻々と変わる。 岩の上にいると、自分が地面の続きにいる気がしない。 海の上に浮かんでいるような感覚がある。 「なんでここ知ってたんですか」とサキは言

GENPASS 編集 三好
5月10日
![沈む前に、飲もう [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_a3ea38dad6e545508a00199c3222d8c3~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_a3ea38dad6e545508a00199c3222d8c3~mv2.webp)
![沈む前に、飲もう [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_a3ea38dad6e545508a00199c3222d8c3~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_a3ea38dad6e545508a00199c3222d8c3~mv2.webp)
沈む前に、飲もう [第2話]
【第2話】 バリ料理と、素直な女 Made's Warungは、スミニャックの通りを少し入ったところにある。 1969年の創業だ。 60年近く続いているというのに、それを威張らない。 バリ彫刻の装飾と、開放的な造りと、変わらない料理で静かにやっている。 観光地にずっと立ち続けられる店が持つ空気は、何度来ても落ち着く。 外から見ると奥が深く、中に入るとそれよりさらに広い。 この店をバリで最初に訪れた外国人旅行者たちが、バリ料理を「知った」場所だ。 サキとは店の前で落ち合った。 「どこ行ってたんですか、今日。」俺が先に着いて待っていると、彼女は少し早足で来た。 「タナロット行ってきました。海の神殿。」 「観光客が多い時間じゃなかったか。」 「すごかったです。でもきれいだった。」少し笑った。「行ったことありますか。」 「ある」と俺は言った。「夕方が一番いい。」 「次来たときに。」 次来たとき、という言い方をした。 次があることを、自然に前提にしている。 この手の女は、計画より感覚で動く。バリを一度で終わらせる気がない。悪くない。 席についた。ナシチャン

GENPASS 編集 三好
5月9日
![沈む前に、飲もう [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_71083362cd20477583ec92fdb15e18bb~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_71083362cd20477583ec92fdb15e18bb~mv2.webp)
![沈む前に、飲もう [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_71083362cd20477583ec92fdb15e18bb~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_71083362cd20477583ec92fdb15e18bb~mv2.webp)
沈む前に、飲もう [第1話/全4話]
【第1話】 スミニャックの朝、俺の隣に バリに来て3日目になる。 商談は昨日で終わった。 電動モビリティの事業化スキームを組むプロジェクトだ。 インドネシア政府が打ち出した再生可能エネルギー政策に乗る形で、 観光地への電動車両の導入とEV充電インフラの整備を束ねる ——そういう案件で、現地の政府系ファンドと3日間かけて協議していた。 バリが環境配慮型の観光地に転換しようとしていることは、数字に出始めている。 電動バイクの普及率、リゾートへの太陽光導入率、観光客一人当たりのCO2排出量の目標値。 こういう話をするのに、東京の会議室より現地の方がずっと速い。 バリに商社の出張拠点が増えているのは、理由がある。 残り2日は、報告書の整理と次の商談に向けた情報収集に使う予定だった。 朝、「ザ・レギャン」を出た。 スミニャックのビーチ沿いにある、白い外壁のブティックホテルだ。 プールを見下ろせるスイートに3泊している。 部屋で仕事もできるが、外の方が捗る。 ラップトップをバッグに入れて、ペティテンゲ通りを歩いた。 Sisterfieldsに入った。...

GENPASS 編集 三好
5月8日
![ファンじゃない男 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_be111c25099b466083dd838583206fbd~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_be111c25099b466083dd838583206fbd~mv2.webp)
![ファンじゃない男 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_be111c25099b466083dd838583206fbd~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_be111c25099b466083dd838583206fbd~mv2.webp)
ファンじゃない男 [最終話]
【最終話】 ファンじゃない男 翌朝、ナナは7時に起きた。 シャワーを借りて、手早く身支度をして出てきた。 「今日、最終日なんです」とナナは言った。 「何時のフライト」 「夕方5時」 「昼まで時間がある」 「観光したい場所が残ってて」と彼女は言った。 少し申し訳なさそうに。 「いいですよ。楽しんできてください」 ドアのところで、ナナが振り返った。 「……ありがとうございました」 「何が」 「全部。Mido Cafeも、Mott32も、Bar Leoneも、昨夜も」 「礼はいらないですよ」 「でも言いたかったので」とナナは言った。 「また香港に来たら連絡してください」 「来ますよ、絶対に」とナナは言った。「次は三好さんを案内できるくらいに詳しくなってきます」 「それは楽しみですね」 扉が閉まった。 それから3週間が経った。 東京の日常は変わらなかった。 取引先との打ち合わせ。 部下の山田からの報告。 月末の数字。 毎朝同じルートで出社して、同じビルのエレベーターに乗る。 香港のことは引き出しの中に入れておいた。 必要なときに取り出せる場所に、ただ置い

GENPASS 編集 三好
5月4日
![ファンじゃない男 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_4cef2c7927f946e58d68dc16409cb578~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_4cef2c7927f946e58d68dc16409cb578~mv2.webp)
![ファンじゃない男 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_4cef2c7927f946e58d68dc16409cb578~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_4cef2c7927f946e58d68dc16409cb578~mv2.webp)
ファンじゃない男 [第3話]
【第3話】Bar Leoneの後、香港の雨 Bar Leoneは、Arbuthnot Roadの路地の中にある。 看板は小さく、扉は重い。 知らなければ通り過ぎる。 入るとイタリアのバーを思わせる木のカウンターが目に入った。 照明は低く落とされて、客の声が丁度いい音量で混ざり合っている。 ここのバーテンダー、Andrea Piroloが作るネグローニは、ワールドベストバー50に選ばれた理由になる一杯だ。HK$128。 氷が一つ。グラスの中で橙色の液体がゆれている。 柑橘とビターの香りが鼻を抜けて、後味にジンの余韻が残る。 一口で、この店に来た意味が腹落ちする。 ナナはAperolベースのカクテルを頼んだ。 「バー、好きなんですか」とナナが聞いた。 「出張中は毎晩飲みます」 「一人で?」 「たいていは」 「それって寂しくないですか」 「今夜は一人じゃないですよ」と俺は言った。 ナナが俺を少し見た。返事はしなかった。 その代わりに、グラスに口をつけた。 カクテルをもう一杯頼んだ。 二杯目の途中から、会話が少し減った。 バーという場所の静けさの使い方を

GENPASS 編集 三好
5月3日
![ファンじゃない男 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_68a3be32c76540aebd83fa9d8114352a~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_68a3be32c76540aebd83fa9d8114352a~mv2.webp)
![ファンじゃない男 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_68a3be32c76540aebd83fa9d8114352a~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_68a3be32c76540aebd83fa9d8114352a~mv2.webp)
ファンじゃない男 [第2話]
【第2話】 Mott32、地下の紅い光の中で 仕事は予定通りに片付いた。 午後は香港島に戻ってホテルで資料整理と電話対応を2件。 夕方には全部終わった。 マンダリン オリエンタルに戻ってシャワーを浴びて、スーツを着た。 このホテルは1963年開業で、英国植民地時代の格式を今も引き継いでいる。 ロビーのスタッフの所作が、他のホテルと少し違う。 積み上げてきた時間がそのまま接客に出ている。 香港に来るたびに同じホテルを指定するのは、慣れた場所の方が余計なことに気を取られなくていいからだ。 一方、ナナが泊まっているのは重慶大廈近くの1泊3500円のゲストハウスだ。 同じ香港の夜にいながら、二人の宿は全然違う。 それは別に問題ではない。 ただ、今夜彼女をどこに連れていくか、という話で考えると、少し面白い構図がある。 重慶大廈は九龍の中でもとりわけ雑多な場所で、世界中のバックパッカーが集まる。 そこからMTRで20分、中環のMott32へ。この落差が今夜の香港を作る。 19時に、ナナは来た。 着替えていた。細身のネイビーのワンピース。 ヒールはない。でも背

GENPASS 編集 三好
5月2日
![ファンじゃない男 [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b9d6e9f53f404ea98b1f10079bb34ec9~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_b9d6e9f53f404ea98b1f10079bb34ec9~mv2.webp)
![ファンじゃない男 [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b9d6e9f53f404ea98b1f10079bb34ec9~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_b9d6e9f53f404ea98b1f10079bb34ec9~mv2.webp)
ファンじゃない男 [第1話/全4話]
【第1話】 Mido Cafe、テンプル・ストリートの端で 油麻地の打ち合わせが14時に終わった。 九龍側に仕事が入ることは珍しい。 今回は現地のサプライヤーが油麻地に事務所を構えていた。 一棟丸ごと古い雑居ビルで、エレベーターが2基しかなく、どちらも遅い。 打ち合わせ自体は問題なく進んで、2時間で片付いた。 外に出ると、テンプル・ストリートに人が出始めていた。 昼と夜のあいだの時間帯で、屋台はまだ準備中、ローカルの人間が歩道を行き来している。 この街の体温が、そのままアスファルトに滲み出ているような感覚がある。 香港島のビジネス街とは別の空気だ。 こちらの方が、どこか本物に近い気がするのは、年齢のせいかもしれない。 Mido Cafeに向かったのは、腹が空いていたのと、あそこの港式奶茶が飲みたかったからだ。 1950年創業の老舗茶餐廳で、テンプル・ストリートの端に何十年も変わらない顔で建っている。 タイル張りの内装、古い明朝体の看板、天井の古いファン。 時間が止まっているように見えて、その止まり方が心地よい。 香港映画のロケ地にもなった場所で、

GENPASS 編集 三好
5月1日
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8f7e966ebd9d400f8ff89a6bdac084a6~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_8f7e966ebd9d400f8ff89a6bdac084a6~mv2.webp)
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8f7e966ebd9d400f8ff89a6bdac084a6~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_8f7e966ebd9d400f8ff89a6bdac084a6~mv2.webp)
まとめた髪を、ほどいた夜だった [最終話]
【第4話】 届いたメール、その最後の一行 翌朝、ミオは8時前に起きた。 シャワーを使ってから、俺のそばに来た。 「……仕事は?」 「11時から」 「私は9時なので、そろそろ出ます」 「送ります」 「いいです。近いので」 髪をまとめながら、窓の外を見た。 「昨日より、空気が重い気がする」 「KLは毎日そんなもんです」 「……慣れました、って言ってもいいですか」 「今朝のは本物の慣れなので、構いません」 ミオが笑った。今朝の笑顔は、昨日より少しだけ深かった。 「また連絡します」 彼女が言った。 俺は「ゆっくり帰ってください」とだけ返した。 部屋を出ていくミオの後ろ姿を見た。 アップにまとめ直した黒髪。細い首。 昨日の朝にカフェで見たのと同じ後ろ姿が、今日は少し違って見えた。 扉が閉まった。 部屋にひとりになった。 窓の外はKLの朝だった。 ツインタワーが光の中に立っている。 昨夜3時にウイスキーを飲みながら見たのと同じ景色が、今は白い日差しの中にある。 昨夜と昨朝のあいだに、何かが起きた。それだけだ。 11時の打ち合わせを終えて、夕方の便で帰国した。

GENPASS 編集 三好
4月27日
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_7002db9790264e81a310e92c5d536aff~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_7002db9790264e81a310e92c5d536aff~mv2.webp)
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_7002db9790264e81a310e92c5d536aff~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_7002db9790264e81a310e92c5d536aff~mv2.webp)
まとめた髪を、ほどいた夜だった [第3話]
【第3話】 まとめた髪を、ほどいた夜だった バー・トリゴナはフォーシーズンズ・クアラルンプールのロビー階にある。 名前はトリゴナ蜂に由来する。 マレーシア固有の針のない小さな蜂で、その蜂蜜を使ったカクテルで知られている店だ。 照明を低く落として、ローカルの木材と陶器を組み合わせた内装。 観光客の喧騒がない。 座席数が少なく、会話のための場所として機能している。 ミオは入り口で少し足を止めた。 「ここ、泊まってるんですか。このホテルに」 「今回もそうです」 「……そういうことですか」 「何かありましたか」 「何もないですけど」 彼女は少し目を細めた。 疑っているわけじゃない。 状況を確認している顔だった。 俺はメニューを開いて、ハニーコレクションのカクテルを眺めた。 席に着いて、最初の一杯を頼んだ。 ミオはビーポーレンを使ったジンベースのカクテルを選んだ。 俺はラム系にした。 バーの照明が彼女の頬のラインに落ちている。 アップにまとめた黒髪から、細い後れ毛が一本、首筋のあたりに垂れていた。 気になったが、何も言わなかった。 「旅行の仕事でも、自分で

GENPASS 編集 三好
4月26日
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_2dbf48398a304c76b293ca26c4e63603~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_2dbf48398a304c76b293ca26c4e63603~mv2.webp)
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_2dbf48398a304c76b293ca26c4e63603~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_2dbf48398a304c76b293ca26c4e63603~mv2.webp)
まとめた髪を、ほどいた夜だった [第2話]
【第2話】 マンジャの、奥の席で 仕事は予定通り終わった。 打ち合わせが11時から14時。 午後はホテルで資料整理と電話対応が2件。 夕方にはすべて片付いた。 ミオに連絡したのは17時過ぎだった。 「今夜、食事どうですか」 返信は4分で来た。 「どこですか」 「マンジャ。知ってますか」 「知ってます。行ったことないですけど」 「19時に」 「わかりました」 短いやり取りだった。 余計なことを書かない。 それだけで少し楽になる。 マンジャはブキ・ビンタンエリアにある。 マレーシア料理を現代的な解釈で出す店で、観光客が来るような場所ではない。 KLCCから車で15分ほど。 ローカルの富裕層と駐在員が常連に多く、テーブル間の間隔が広く、声が隣に届かない。 こういう密度の店を選ぶのには理由がある。 話すべきことが話せる距離感をつくるのは、料理より先に、席の選び方が決める。 ミオはすでに席にいた。 今朝のワンピースから着替えていた。 深い緑のシャツに細いパンツ。 髪は相変わらずアップにまとめている。 今朝より少し高い位置に結んで、耳元にスタッドのピアス。

GENPASS 編集 三好
4月25日
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d0a1ff0fa4784beda58daf63556aec8e~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_d0a1ff0fa4784beda58daf63556aec8e~mv2.webp)
![まとめた髪を、ほどいた夜だった [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d0a1ff0fa4784beda58daf63556aec8e~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_d0a1ff0fa4784beda58daf63556aec8e~mv2.webp)
まとめた髪を、ほどいた夜だった [第1話/全4話]
【第1話】 コーヒーが来るより先に クアラルンプールの7時台は、すでに暑い。 ホテルの扉を出た瞬間から、空気の密度が変わる。 湿気と熱と、どこか植物の甘みを含んだ風。 初めてKLに来たのは10年以上前で、それからも仕事で何度か足を運んだ。 この空気に飽きたことは、一度もない。 フォーシーズンズ・クアラルンプールは、ツインタワーの足元に建っている。 ロビーの吹き抜けが高く、KLCC公園の緑が窓から見える。 ここを使うようになったのはKL支社のパートナーに紹介されてからで、それ以来、KL出張のたびに同じホテルを指定している。 慣れた場所で過ごす方が、余計なことに気を取られなくていい。 最初の打ち合わせは11時からだった。 午前中に3時間ある。 Feeka Coffee Roastersに向かったのは、KLCCからGrabで5分という理由だけだ。 ブキ・ビンタンのJalan Mesuiに店を構える、スペシャルティコーヒーを軸にしたカフェで、駐在員やクリエイター系の地元客に支持されている。 ラップトップを開いて黙々と仕事をする人間が多く、観光客の流れとは

GENPASS 編集 三好
4月24日
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cb46551c781e436c8d814eaa77730893~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_cb46551c781e436c8d814eaa77730893~mv2.webp)
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cb46551c781e436c8d814eaa77730893~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_cb46551c781e436c8d814eaa77730893~mv2.webp)
年に4回、彼女はソウルを選ぶ [最終話]
第4話「年に4回、彼女はソウルを選ぶ」 商談は、まとまった。 3日目の午後に、韓国側のパートナーとの合意が出た。 数字は向こうのペースに合わせた。 それがソウルのやり方だ。 押しすぎると引く。引きすぎると押してくる。 どこかで呼吸が合う瞬間がある。 そこを見逃さなければ、たいていうまくいく。 山田に報告を入れると「あとは詰めるだけです」と返ってきた。信頼できる部下がいると、出張の後半が楽になる。 帰国の便は翌日の昼だった。その夜、カナからLINEが来た。「仕入れ終わりました」とだけ書いてあった。 「うまくいきましたか」 「思ったよりいいものが見つかって」 「良かったです」 「明日帰りますか」 「昼の便で」 しばらくして「私は夜です」とメッセージが来た。 それ以上は来なかった。 俺も送らなかった。それで十分だった。 帰国した。 成田に着いて、電車に乗った。東京の湿度が肌に戻ってきた。 バンコクとは違う種類の密度がある。 ソウルの空気は乾いていて、それに慣れた体が、東京の空気を少し重く感じた。 窓の外に東京の景色が流れていた。 看板の密度、電線の本数

GENPASS 編集 三好
4月20日
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9e62372625fe4f848bbcc8d1e0dd1783~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_9e62372625fe4f848bbcc8d1e0dd1783~mv2.webp)
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9e62372625fe4f848bbcc8d1e0dd1783~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_9e62372625fe4f848bbcc8d1e0dd1783~mv2.webp)
年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第3話]
第3話「장프리고の後」 장프리고(ジャンプリゴ)は、홍대(弘大)の路地を入ったところにある。 フランス語でfrigoは「冷蔵庫」を意味する。 その名の通り、コールドサーブにこだわったカクテルバーだ。 カウンターに8席。グラスが常に冷えていて、提供されるとき結露が出ない。 素材の温度管理を丁寧に行う、その仕事ぶりが空気に出ていた。 店内の光の入れ方が抑えめで、カウンターの上だけが明るかった。バーテンダーが二人、ほとんど話さずに動いていた。 俺はネグローニを頼んだ。18,000ウォン。 カンパリの苦みが、食後の胃に馴染んだ。鶏の出汁の余韻に、ジンの香りが重なった。 悪くない組み合わせだった。 カナは서울의 밤(ソウルの夜)というシグネチャーカクテルを選んだ。 韓国の焼酎ベースに、清酒と유자(ゆず)を合わせたもの。17,000ウォン。 透明に近い液体が、グラスの中で静かに輝いていた。一口飲んで、柔らかい顔をした。何も言わなかった。それでよかった。 「ネイル、自分でもするんですか」 カナが手を差し出した。 整った爪だった。 細い指の先に、ごく薄いベージュ

GENPASS 編集 三好
4月19日
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_2ceb61fda1454ac5803d9f0d710e41bc~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_2ceb61fda1454ac5803d9f0d710e41bc~mv2.webp)
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_2ceb61fda1454ac5803d9f0d710e41bc~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_2ceb61fda1454ac5803d9f0d710e41bc~mv2.webp)
年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第2話]
第2話「火の調整」 朝食のとき、女は名前を言わなかった。 俺も名乗らなかった。でも帰り際にLINEを交換した。 彼女の方から「また来るかもしれないので」と言った。 俺は「またソウォンに来るかもしれないので」と返した。 カナ、と名前だけ教えてくれた。28歳。 東京でネイルサロンを一人でやっている。 ソウルに年4回来る。朝食の店に一人で入って、常連のスタッフと短い韓国語で話せる女だった。 午後の商談は2時間で終わった。 韓国側の担当者は話が早い。 数字をそのまま叩いてくる。 東南アジアの取引先とはテンポが違う。 ソウルの仕事は、直球が多い。 それが好きだ。夜、連絡を送った。「夜飯、どうですか」の一文だけ。 「どこですか」とすぐに返ってきた。 陳玉華ハルメ元祖タッカンマリ(진옥화할매원조닭한마리)。 종로区(鍾路区)수표동(水標洞)にある、創業数十年を超える鶏鍋の老舗だ。 地元の常連が多い。 観光客が来るようになったのは比較的最近だが、店の空気はまだ変わっていない。 カウンターで注文して、鍋が来たら自分で火を調整する。 닭한마리(ダッカンマリ)。丸鶏一

GENPASS 編集 三好
4月18日
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_dd5c238c45074bf6b2ad885daf86761b~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_dd5c238c45074bf6b2ad885daf86761b~mv2.webp)
![年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_dd5c238c45074bf6b2ad885daf86761b~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_dd5c238c45074bf6b2ad885daf86761b~mv2.webp)
年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第1話/全4話]
第1話「瑞源の朝」 ソウルに来るのは、3回目だった。 Four Seasons Hotel Seoul。光化門のすぐ近くに建つ、このホテルにしてから出張の動き方が変わった。 ロビーの天井が高く、韓国の古建築をモチーフにしたデザインが落ち着いている。 朝に窓から景福宮の屋根が見える。東京のビジネスホテルとは、その点だけが根本的に違う。 宮殿が見える部屋で商談の資料を開く。 その感覚が、俺は嫌いじゃない。 仕事の場所として使っているのに、どこか旅の気分が抜けない。 それがソウルという街の質だと思っている。 仕事は昨日から始まっていた。 韓国側の取引先との打ち合わせが一日続いて、今日の午前中は間がある。 午後2時にアポが入っていたが、朝は空いていた。 同僚から教えてもらった店に行ってみることにした。 「ソウルに来たら絶対行け、でも場所はわかりにくい」という話だった。 そういう説明で薦めてくる人間の店は、たいていハズれない。 종로구(鍾路区)の路地を少し入ったところにある、瑞源(ソウォン)という食堂だ。 看板が小さい。 知らなければ通り過ぎる。...

GENPASS 編集 三好
4月17日
bottom of page
