top of page

空港まで、三十分 [第1話/全4話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 5 日前
  • 読了時間: 4分

更新日:2 日前




【第1話】 DIFCの夜、仕事の話から始まった


ドバイに来て4日目になる。

UAEが国家レベルで進める電動交通インフラの整備

——政府系投資機関と、複数の日系企業が絡む案件だ。

EV充電ネットワークの整備から公共交通の電動化まで、いくつかの商談が重なっていた。

砂漠の国がEVに舵を切る理由は単純だ。

石油に頼らない未来を、誰より早く準備しておく必要がある。

そういう国だから、話が動く速度も速い。

東京の会議室で同じ話をするより、ここで3日過ごした方が、ずっと早い。


夜はDIFC内のホテルで業界レセプションがあった。

UAE政府系ファンド主催で、日系と欧州系の企業が集まっていた。

スーツの男たちが英語と日本語を交ぜながら、グラスを持って立ち話をしている。

こういう場は得意ではないが、嫌いでもない。

顔を覚えるより、覚えられる方が重要だということを、出張を繰り返す中で学んだ。


彼女を見つけたのは、会場の端のテーブルだった。

165センチ。黒のドレス。細い。立ち方に力みがない。

周りと話しながら、でもどこか外を向いているような目をしていた。

輪の中にいるのに、一人でいる感じがした。

そういう女がいる。場に溶け込みながら、溶け込んでいない女。


隣のテーブルに移ったタイミングで声をかけた。

「日系ですか」と俺は言った。

「そうです。大手生保のドバイ支社で、インフラ投資のリスク評価を担当しています。」

「EVインフラ絡みで来てるんですか」

「そのあたりの話を聞きに。うちも絡んでいるので。」

面白い、と思った。

保険会社の審査サイドからEVインフラ案件を見るということは、俺とは逆の立場からの視点がある。

数字の読み方が違う。話が聞きたくなった。


リカ、と名前を教えてもらったのはグラスが空になった頃だった。

29歳。ドバイに来て2年。

仕事の話を続けた。

彼女の見方は鋭かった。

商社側が「投資機会」と見ているところを、保険会社の審査側は「リスク」として読む。

同じ数字を見て、正反対の結論を出す。それが面白かった。

話していて疲れない女だ、と俺は思った。

話に追いつく必要のない女というのは、少ない。


「Zumaに行ったことある?」と俺は聞いた。

「月に一回は行きます。」

「じゃあ案内してもらえますか。」

彼女は一瞬だけ考えた。「いいですよ」と言った。

迷いがなかった。

仕事の延長かどうかを測るような間ではなかった。

ただ、行くかどうかを決めた間だった。


Zuma DubaiはDIFCのGate Villageにある。

世界中で展開するコンテンポラリー和食イザカヤで、

ドバイでは開業から一貫してビジネス層の定番になっている。

ロバタグリルの煙が入り口から漂い、大音量の音楽と、各国のスーツ姿が混ざっている。

同じZumaでも、砂漠の夜はどこか違う空気がある。


黒鱈の西京漬けを頼んだ。AED165。

外はきつね色に焼けて、中は崩れるほど柔らかい。

味噌の甘みが魚の脂と溶け合って、後味が清潔だ。

ドバイで和食を食べるならここだ、

ということを知っている人間と知らない人間では、ドバイの過ごし方が変わる。


「一人でいると静かすぎるから、ここが好きなんですか」と俺は言った。

「・・・なんで分かるんですか。」

「さっきそう言ってた。」

「言いましたっけ。」

言った。本人は気づいていなかった。

俺は覚えていた。それだけだ。


食事が終わった後、DIFCの石畳を少し歩いた。

夜のドバイは暑い。

湿度はないが、空気が熱を持っている。

ガラス張りの高層ビルが周りを囲んでいる。

東京の夜とも、香港の夜とも違う。

砂の上に作られた都市の夜は、どこか人工的だ。

それでも、あの熱は本物だ。

人間が砂漠に作った都市の熱は、自然に作られた街のそれとは種類が違う。

意地みたいなものが、空気に混ざっている。


「ドバイの夜、嫌いじゃないですか」とリカが言った。

「好きだと思う。」

「なんで。」

「全部が意図的だから。自然でできたものが何もない。それが逆に正直な感じがする。」

彼女が少し笑った。「分かります」と言った。

「明日の朝、うちがよく行くカフェがあるんですけど」とリカが言った。「来ますか。」

誘い方が自然だった。

社交辞令に聞こえないのは、本当に来てほしいと思っているときの声に近かったからかもしれない。

俺は「行きます」と答えた。





Zuma Dubai(ズマ・ドバイ)/ 基本情報

住所: Gate Village Building 6, DIFC, Dubai

おすすめ: 黒鱈の西京漬け(AED165)、和牛たたき(AED145)、ロバタグリル各種

特徴: 世界各都市で展開するコンテンポラリー和食イザカヤ。

ドバイDIFCのビジネス層に長く愛されている。

ロバタの煙と大音量の音楽が特徴。

スマートカジュアル必須。予約推奨。



コメント


bottom of page