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ファンじゃない男 [第3話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 5月3日
  • 読了時間: 5分

更新日:5月7日



【第3話】Bar Leoneの後、香港の雨


Bar Leoneは、Arbuthnot Roadの路地の中にある。

看板は小さく、扉は重い。

知らなければ通り過ぎる。

入るとイタリアのバーを思わせる木のカウンターが目に入った。

照明は低く落とされて、客の声が丁度いい音量で混ざり合っている。

ここのバーテンダー、Andrea Piroloが作るネグローニは、ワールドベストバー50に選ばれた理由になる一杯だ。HK$128。

氷が一つ。グラスの中で橙色の液体がゆれている。

柑橘とビターの香りが鼻を抜けて、後味にジンの余韻が残る。

一口で、この店に来た意味が腹落ちする。


ナナはAperolベースのカクテルを頼んだ。

「バー、好きなんですか」とナナが聞いた。

「出張中は毎晩飲みます」

「一人で?」

「たいていは」

「それって寂しくないですか」

「今夜は一人じゃないですよ」と俺は言った。


ナナが俺を少し見た。返事はしなかった。

その代わりに、グラスに口をつけた。


カクテルをもう一杯頼んだ。

二杯目の途中から、会話が少し減った。

バーという場所の静けさの使い方を、二人でゆっくり覚えた夜だった。

沈黙が気まずくない。

それはある種、距離が詰まった証拠だ。


23時を過ぎた頃、店を出た。

Arbuthnot Roadに出ると、雨が降っていた。

香港の夜の雨は突然来る。

昼間とは別の街になったように路面が光る。

屋台の油の匂いと水の匂いが混ざって、重くなった空気がまとわりつく。


ナナは傘を持っていなかった。俺も同様だった。

「タクシーを呼びましょう」と俺は言った。

「私、重慶大廈の方に泊まってて……」

「マンダリンが先に通ります。雨が止むまで、一杯だけどうですか」

ナナが俺を見た。

「……雨が止んだら帰ります」

「当然です」

タクシーが来た。二人で乗った。


ホテルのロビーは夜の時間に合わせて照明が落ちていた。静かだった。

部屋に入ると、俺は照明を半分にした。

バーカウンターからウイスキーを取り出した。

ナナは窓の前に立って、香港の夜景を見た。


「……すごい眺め」

「この部屋を取る理由の一つです」

窓の外には、雨の中の中環が広がっている。

ビルの光が滲んで、遠くのネオンが煙の中に沈んでいる。


ウイスキーを持って、ナナの隣に立った。

二人とも何も言わなかった。

雨の音だけが窓を叩いていた。


「好きですよ、アイドル」と俺は言った。

「……え?」

「地下でも、売れてなくても、10人のために準備する人間が好きです」

ナナが俺を見た。

「それ、ファンってこと?」

「ファンじゃない。ただそういう人間が好きだということです」

ナナが笑った。今夜一番の笑顔だった。


グラスを置いた。

彼女の頬に手をかけた。

キスをした。最初は短く。

ナナが少し驚いた後、目を閉じた。

ナナの手が俺の胸に触れた。確かめているみたいだった。


そのままベッドに向かった。

急かさない。それだけだ。

ベッドに倒すと、153センチの体が全部視界に入った。細い。

アイドルとして体型を維持しているのだろう、余分な肉がない。

でも骨が突き出ているわけでもない。肌が滑らかで白い。


「……電気、消しますか」

「消しません」

「……なんで」

「見たいので」

ナナが顔を逸らした。耳が少し赤くなっているのが見えた。


シャツを外すと肩と鎖骨が出た。

細い骨の線が照明の中でくっきりしている。

ブラを外すと、小さく均整の取れた胸が出た。

ステージ衣装の下にあるものが、今ここにある。


「見ないでください」

「見てます」

「……」

「きれいだから」

ナナはそれ以上言わなかった。


丁寧に時間をかけた。

首筋を指でなぞるとナナの肩がわずかに上がった。

脇腹から腰の骨にかけてゆっくり手を動かすと、体の力が少し抜けた。

胸に触れると、小さな体に対して感度は想像より高かった。


下着を外した。153センチ、細身。

内ももが白く、触れると体温が手に伝わってきた。


「緊張してますか」

「……してません」

「してます」

ナナが小さく息を吐いた。


ゆっくりと中に入った。

ナナの口から声が漏れた。

最初の瞬間だけは抑えきれなかった。

俺はペースを落とした。

深く届かせながら、急かさない。

小さい体の奥まで届かせるたびに、ナナの手がシーツを握った。


「……っ」

「大丈夫ですか」

「……大丈夫です。やめないでください」

続けた。


ナナの声が変わっていった。

最初は抑えていたが、しばらくすると抑えることをやめた。

腰が俺に向かって動いてきた。

背中に指が食い込んだ。体勢を変えた。

ナナが上になったとき、153センチの体がシーツの上で揺れた。

薄暗い部屋の中で、ステージで見せる顔とは別の顔をしていた。


気づいたら2時を過ぎていた。

ナナは眠っていた。細い体がシーツの上で丸まっている。

153センチの体が、マンダリンのシーツの上に収まっている。

雨はいつの間にか止んでいた。窓の外、香港島の夜景が再び光を取り戻している。


ウイスキーを一杯持って窓の前に立った。

港に船の光が動いている。

ビクトリアハーバーの夜は、どこか静かな誇りみたいなものがある。

シーツの上のナナを見た。

ステージの右端で笑っていたという話と、今夜の顔が、同じ女の話だとまだ少し信じにくい。





Bar Leone / 基本情報

  • エリア:香港島・中環、Arbuthnot Road 7番地

  • 特徴:ワールドベストバー50選出。イタリア人バーテンダーAndrea Piroloによるクラシックカクテル専門バー。路地に看板ひとつ、知る人ぞ知る

  • おすすめ:ネグローニ(HK$128前後)



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