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年に4回、彼女はソウルを選ぶ [最終話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 4月20日
  • 読了時間: 5分



第4話「年に4回、彼女はソウルを選ぶ」


商談は、まとまった。

3日目の午後に、韓国側のパートナーとの合意が出た。

数字は向こうのペースに合わせた。

それがソウルのやり方だ。

押しすぎると引く。引きすぎると押してくる。

どこかで呼吸が合う瞬間がある。

そこを見逃さなければ、たいていうまくいく。

山田に報告を入れると「あとは詰めるだけです」と返ってきた。信頼できる部下がいると、出張の後半が楽になる。


帰国の便は翌日の昼だった。その夜、カナからLINEが来た。「仕入れ終わりました」とだけ書いてあった。

「うまくいきましたか」

「思ったよりいいものが見つかって」

「良かったです」

「明日帰りますか」

「昼の便で」


しばらくして「私は夜です」とメッセージが来た。

それ以上は来なかった。

俺も送らなかった。それで十分だった。


帰国した。

成田に着いて、電車に乗った。東京の湿度が肌に戻ってきた。

バンコクとは違う種類の密度がある。

ソウルの空気は乾いていて、それに慣れた体が、東京の空気を少し重く感じた。

窓の外に東京の景色が流れていた。

看板の密度、電線の本数、人の多さ。全部が東京だった。

ソウルとはまた違う、この街の圧力がある。2週間もすれば慣れる。

ソウルの空気も、カナの顔も、輪郭がぼやけていく。

それが普通のことだと思っている。遠くなることを引き留めようとしない。無理に近くに置こうとすると、形が歪む。


仕事に戻った。

韓国案件のフォローが1週間続いて、次の案件の準備が始まった。

朝の打ち合わせ、資料の確認、夜の会食。東京の日常に、ソウルが入り込む隙間はなかった。

ソウルで起きたことは、ソウルに置いてきた。

それがいつの間にか、俺の出張の終わらせ方になっていた。

海外で何かが起きても、東京に戻った翌朝には、それはすでに「過去の話」になっている。それが続いてきた。


カナのことも、2週間ほどで輪郭がぼやけた。

瑞源の蛍光灯の明るさは覚えている。

タッカンマリのスープの澄み方は覚えている。

장프리고(ジャンプリゴ)のカウンターで並んで黙っていた時間は覚えている。

景福宮の屋根が朝の光に浮いていたことも覚えている。

でも、それを整理して何かにしようとは思わなかった。

ソウルの記憶は、ソウルに置いてきた。

そういう整理の仕方が、このところ染みついている。


山田から「次のタイ案件、準備始めますね」と連絡が来た。

また出張だ。今度はどこかで、また誰かと、朝飯を食うことになるかもしれない。

それでいいと思っている。

出張のたびに、知らない食堂に入って、見知らぬ誰かと短い言葉を交わして、それで何かが変わる。

その繰り返しが、気づいたら積み重なっている。


3ヶ月が経ったころ、夜に仕事を終えてデスクで資料を閉じたとき、LINEに通知が来た。

カナからだった。写真だった。

한강(漢江)の河岸から撮ったソウルの夜景で、広い川と対岸のビル群が写っていた。

景福宮の屋根は、どこにも映っていなかった。「また来ました」とだけ書いてあった。


年に4回、彼女はソウルを選ぶ。

俺は写真を見た。

今回は別のエリアに泊まっているのかもしれない。

仕入れ先が変わったのかもしれない。

瑞源に行ったのかもしれない。

ソウォンのスタッフと短い韓国語で話して、カウンターの席に座っているのかもしれない。

最終日には仁寺洞を一人でぶらぶらして、それで帰国するのかもしれない。

その全部を、俺は知らない。聞かなかった。


「仕入れ、うまくいくといいですね」

返信したのは、それだけだった。

既読がついた。しばらく待ったが、返事は来なかった。


それ以降も、LINEは来なかった。

俺の方からも送らなかった。

俺の方から送ろうと思った日が一度もなかったかというと、そうでもない。

でも送らなかった。

送る理由が見当たらなかったのではなく、送らない方が自然な気がした。

仁寺洞が変わらないように、この距離感も変えない方がいい。

そういうことが、たまにある。


年に4回、彼女はソウルを選ぶ。

その4回のうちの1回に、俺がいた。

それだけのことだ。

次の4回には、俺はいない。

彼女がソウルに来るたびに同じ場所で何かを確認しているように、俺もあの朝の瑞源で何かを確認した気がする。


カナは変わらないものを好む女だった。

仁寺洞の路地が変わらないことに安心する女が、年に4回ソウルを選んで来る。

その「変わらないソウル」の中に、俺との一夜があった。

あの朝の蛍光灯の食堂も、タッカンマリの鍋の澄んだスープも、장프리고(ジャンプリゴ)のカウンターで並んで黙っていた時間も、景福宮の夜景も、全部その「変わらないソウル」の中にある。

そしてそれは、彼女の中では変わらないものとして残っているのかもしれない。

それもまた、いつか「変わらないソウルの記憶」の一部になるのかもしれない。

あるいは、もうなっているのかもしれない。


それが何かは、聞かなかった。聞く必要が、なかった。


<完>


■ Four Seasons Hotel Seoul

住所:97 Saemunan-ro, Jongno-gu, Seoul(서울특별시 종로구 새문안로 97)

チェックイン:15:00 / チェックアウト:12:00

アクセス:地下鉄5号線 光化門(광화문)駅 7番出口から徒歩3分

公式サイト:fourseasons.com/seoul

備考:景福宮・光化門エリアに隣接。客室から景福宮の屋根が見える。서울の歴史的中心部に位置し、陳玉華ハルメ(徒歩15分圏内)、瑞源へのアクセスも良好。


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