年に4回、彼女はソウルを選ぶ [第2話]
- GENPASS 編集 三好

- 4月18日
- 読了時間: 5分
更新日:4月27日

第2話「火の調整」
朝食のとき、女は名前を言わなかった。
俺も名乗らなかった。でも帰り際にLINEを交換した。
彼女の方から「また来るかもしれないので」と言った。
俺は「またソウォンに来るかもしれないので」と返した。
カナ、と名前だけ教えてくれた。28歳。
東京でネイルサロンを一人でやっている。
ソウルに年4回来る。朝食の店に一人で入って、常連のスタッフと短い韓国語で話せる女だった。
午後の商談は2時間で終わった。
韓国側の担当者は話が早い。
数字をそのまま叩いてくる。
東南アジアの取引先とはテンポが違う。
ソウルの仕事は、直球が多い。
それが好きだ。夜、連絡を送った。「夜飯、どうですか」の一文だけ。
「どこですか」とすぐに返ってきた。
陳玉華ハルメ元祖タッカンマリ(진옥화할매원조닭한마리)。
종로区(鍾路区)수표동(水標洞)にある、創業数十年を超える鶏鍋の老舗だ。
地元の常連が多い。
観光客が来るようになったのは比較的最近だが、店の空気はまだ変わっていない。
カウンターで注文して、鍋が来たら自分で火を調整する。
닭한마리(ダッカンマリ)。丸鶏一羽を丸ごと煮込む。12,000ウォン。
ネギと白菜とジャガイモだけ入って、スープはシンプルに塩と白コショウのみ。
飾りがない。でも飾る必要がない。
澄んだ鶏スープが、そのまま地の味になっている。
骨から外れた鶏肉が、口の中でほどける。
追加のカルグクス(手打ちうどん)を鍋に入れると、5,000ウォン。
麺がスープを全部吸う。
それだけで十分な夕食になる。
テーブルが狭い。自然と顔が近くなる。
二人で一つの鍋を囲むと、それだけで距離が縮まる。鍋という食事の形式は、そういうふうにできている。
「こういう店、好きですか」とカナが聞いた。
「好きですよ」
「ガイドには載らないですよね」
「載ってたとしても来ます」
カナは鍋の中をれんげでかき回した。湯気が上がった。
「ネイルの材料って、ソウルで何を買うんですか」
「ジェルとか。あとデザイン系の素材も」
「東京でも買えるんじゃないですか」
「日本で手に入るものは日本で買います。その方がコストが安いので。でも、韓国にしかないものがあって。ネイルもコスメも、最先端は韓国なんです。日本で流行り始めてるトレンドって、ソウルでは2年前に終わってたりするので」
「それで年4回来る」
「トレンドがコロコロ変わるから。来ないと追いつけなくて」
なるほどと思った。趣味で来ているのではない。
最先端を追いかけるためにソウルを選んでいる。
日本で手に入らないものがあるから来る。
それが年4回という頻度の理由だった。
28歳でそれを自分で組み立てている。
仕事が好奇心になっている女だった。
その話をするとき、少し顔が変わった。
朝の瑞源でスマートフォンを見ていたときの顔と、同じ顔だった。
「今回はどこの業者を回る予定ですか」
「東大門と、あと今回初めて行くところがあって。知り合いのネイリストに紹介してもらった問屋で」
「新規開拓ですか」
「毎回、1件くらいは新しいところを試してみるようにしてます」
「旅行も兼ねて?」
「最初はそのつもりでした。でも今は仕入れがメインになってきて」
「どっちが楽しいですか」
カナは少し考えた。
「区別がなくなってきた気がします」
この女はそこにいた。それがわかった。
カルグクスを鍋に入れた。麺がスープに沈んで、少しずつ戻ってきた。
「ソウルで一番好きな場所は」
「仁寺洞のあたりです」とカナが答えた。「あまり変わらないから」
「変わる方が嫌いですか」
「変わらない方が安心します」
安心、という言葉の使い方が、少し正直だった。
年に4回同じ都市に来る理由が、その一言に入っていた。
新しいものを見つけることより、同じ場所に戻ることで何かを確認している。
そういう旅の仕方をしている女だった。
観光地ではなく、仁寺洞の変わらない路地が好きだと言う28歳のネイリストが、年4回ソウルに来る。その理由を、俺はこれ以上掘らなかった。
「今回は何日いますか」
「4日です。いつも同じくらいで」
「仁寺洞にも行くんですか」
「毎回、最終日に必ず。仕入れが終わってから、一人でぶらぶらして帰ります」
最終日に一人で仁寺洞を歩いてから帰国する。
4回全部そうやっている。
決まったルーティンを持っていて、それを崩さない。
変わらないソウルに、変わらない自分を持ち込む。それで安心できる人間だった。
「いい帰り方ですね」と俺が言った。
カナは少し笑って、スープを一口飲んだ。
「毎回一人なんですけど、それが一番自分のペースで歩けて」と言った。
一人で歩くのが好きな女だった。旅行が趣味だと言っていたが、一人旅が前提の趣味なんだろう。
28歳でサロンを経営して、年4回ソウルに来て、最終日は一人で仁寺洞を歩く。
その生活のペースが、少し羨ましかった。
鍋の火を落とした。スープが落ち着いた。
カナはビールを一口飲んで、テーブルの上に置いた。
「次どこ行きますか」
「バー、どうですか」と俺が言った。間があった。
「行きます」とカナが言った。

■ 陳玉華ハルメ元祖タッカンマリ(진옥화할매원조닭한마리)
住所:서울특별시 종로구 종로 24(鍾路区 鍾路24)닭한마리골목内
営業時間:10:00〜21:00(ラストオーダー20:30)
予算目安:닭한마리 12,000ウォン、カルグクス追加 5,000ウォン
アクセス:地下鉄2・5号線 乙支路4街(을지로4가)駅 4番出口から徒歩5分
特徴:創業数十年の老舗。丸鶏一羽を塩と白コショウのシンプルなスープで煮込む。韓国人の常連が多く、観光客化していない雰囲気が残っている。




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