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![シンクロニシティ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1c792288e9c343939a379fceff923f4d~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_1c792288e9c343939a379fceff923f4d~mv2.webp)
![シンクロニシティ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_1c792288e9c343939a379fceff923f4d~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_1c792288e9c343939a379fceff923f4d~mv2.webp)
シンクロニシティ [最終話]
【最終話】 シンクロニシティ 1ヶ月後、東京で会った。 場所は代官山のIvy Placeにした。 泉町にある古い建物で、外壁をツタが覆っている。 夜はテラスに出ると、照らされた木々が見えた。 ヨーロッパのビストロを少しだけ東京に翻訳したような店で、騒々しくなく、気取りすぎてもいない。 特に理由はなかった。 代官山なら七瀬が来やすいと思っただけだった。 七瀬は時間通りに来た。 薄いベージュのセーターに、細いパンツだった。 カメラバッグは持っていなかった。 首にカメラを提げていない七瀬は、少し違う人に見えた。 デトロイトで廃墟を撮っていたときの顔でも、ヒューストンの嵐の夜の顔でもない。 東京の七瀬だった。 「久しぶりですね」と七瀬は言った。 「1ヶ月ぶりですね」 「早いですか」 「そうでもないですね」と俺は言った。 嘘ではなかった。 少しだけ声が低かった。 東京では、七瀬の声がデトロイトより少し低く聞こえた。 ハリケーンの夜に聞いた声でもなく、深夜のホテルの部屋で聞いた声でもない。 普通の声だった。 七瀬が席に着いた。 メニューを開いた。 会話は弾ん

GENPASS 編集 三好
6月29日
![シンクロニシティ [第5話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_76e271e16af747f58753a5fe296cbbc4~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_76e271e16af747f58753a5fe296cbbc4~mv2.webp)
![シンクロニシティ [第5話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_76e271e16af747f58753a5fe296cbbc4~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_76e271e16af747f58753a5fe296cbbc4~mv2.webp)
シンクロニシティ [第5話]
【第5話】 もう一度、指先が Selden Standardは、ミッドタウンにある。 2013年開業、James Beard財団のノミネートを複数回受けているファームトゥテーブルのレストランだ。 木と漆喰とレンガが混在した内装は工業的でミニマルだが、温かみがある。 席に着くと、地元の農家と生産者の名前が黒板に書かれている。 入ったとき、この店を選んだのは特に理由がなかった。 ホテルから歩ける距離で、評判がよかった。 それだけだった。 窓際の席に七瀬がいた。 カメラを隣の椅子に置いて、メニューを見ていた。 気づいた。目が合った。 どちらも、最初は何も言わなかった。 俺が席に案内されたのは、七瀬のテーブルの隣だった。 偶然だった。 偶然しかありえなかった。 「デトロイトも一緒ですね」と七瀬が言った。 「そうですね」 「信じられますか、これ」 「信じるしかないですね」 七瀬が笑った。 ヒューストンのバーで聞いた笑いと、同じ温度をしていた。 「隣に来ませんか」と七瀬は言った。 「一人で食べるより、話した方がいいと思って」 「そうですね」 席を移した。..

GENPASS 編集 三好
6月29日
![シンクロニシティ [第4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_91f617a76c074aab8bec08a8fcc62b47~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_91f617a76c074aab8bec08a8fcc62b47~mv2.webp)
![シンクロニシティ [第4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_91f617a76c074aab8bec08a8fcc62b47~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_91f617a76c074aab8bec08a8fcc62b47~mv2.webp)
シンクロニシティ [第4話]
【第4話】 モーター・シティ デトロイトの空港に降り立ったのは、午前10時だった。 空港からダウンタウンへ向かった。 タクシーの窓から、デトロイトが入ってきた。 かつてアメリカ最大の自動車産業都市だった街は、 1950年代のピーク時に180万人いた人口が、今は70万人を切っている。 廃墟になったビルが風景の中にある。 でも同時に、再開発が進んでいる街区もある。 解体された工場跡に、スタジオやカフェが入っている。 ガラスの塔と、蔦の絡まった廃ビルが、同じ通りに並んでいる。 ふたつの街が、同じ地図の上に存在していた。 更地もあった。 かつてビルが建っていた場所が、今は空き地になっていた。 何も生えていない平らな地面に、雑草だけがあった。 撤去されたのか、燃えたのか、ただ朽ちたのか。 東京なら翌月には別の何かが建っている。 デトロイトは、そのままにしておく。 そこにあった痕跡を、消さずに残しておく。 七瀬が撮りに来たのは、そういうことかもしれない、と思った。 七瀬が撮りに来たのはわかる、と思った。 ヒューストンで「なくなる前に残しておきたいんです」と言

GENPASS 編集 三好
6月28日
![シンクロニシティ [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_4ac15fc875d4451fb816cbc21824d326~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_4ac15fc875d4451fb816cbc21824d326~mv2.webp)
![シンクロニシティ [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_4ac15fc875d4451fb816cbc21824d326~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_4ac15fc875d4451fb816cbc21824d326~mv2.webp)
シンクロニシティ [第3話]
【第3話】 嵐の外 翌日もハリケーンは去らなかった。 起きてカーテンを開けると、窓の向こうに昨日と同じ空があった。 空港の誘導灯が、昼なのに点灯していた。 滑走路には飛行機が並んでいるが、どれも動いていなかった。 廊下に出た。 七瀬が廊下の窓の前に立っていた。 カメラを首から提げて、外を向いていた。 スウェットの上にデニムジャケットを羽織っていた。 昨日と違う顔をしていた。 空港のカウンターで言い合いをしていたときでも、バーで飲んでいたときでもない。 撮っているときの顔だった。 「撮れましたか」と声をかけた。 振り返った。「少し」と言って、カメラの液晶を向けてきた。 嵐の空港だった。 ガラス越しに撮った写真は、空港をまったく別のものにしていた。誘導灯が雨の中でにじんで、ターミナルのシルエットが霞んで、飛べない飛行機が暗がりの中に浮いていた。廃墟のように見えた。でも廃墟ではなかった。ただ、嵐の中にある空港だった。 「上手いですね」と俺は言った。 「お世辞ですか」 「いえ」 七瀬がカメラを戻した。「廃墟に見えますか」 「見えます」...

GENPASS 編集 三好
6月28日
![シンクロニシティ [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d29f4f24234c44679b0977a7065faee9~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_d29f4f24234c44679b0977a7065faee9~mv2.webp)
![シンクロニシティ [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d29f4f24234c44679b0977a7065faee9~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_d29f4f24234c44679b0977a7065faee9~mv2.webp)
シンクロニシティ [第2話]
【第2話】 オールドファッションド 1時間後、七瀬がバーに現れた。 空港で見たときとは別人のような顔をしていた。 トレンチコートの代わりに落ち着いたカーディガンを羽織っていて、黒髪をまとめ直していた。 疲れはまだ顔に残っていたが、さっきまでのぴりぴりした緊張感は消えていた。 シャワーを浴びてきたのがわかった。 「お待たせしました」と七瀬は言った。 「いえ」 七瀬はバーボンのオールドファッションドを頼んだ。 Napa & Ryeはホテルの1階にある。 カウンターと数脚の椅子、奥にテーブルが並んだ小さなバーだ。 空港ホテルのバーにしては落ち着いた内装で、琥珀色の照明の中にウイスキーのボトルが並んでいた。 ワインリストも充実している。 ただ今夜は、この店にいる客の誰も、そんなことを確認する余裕を持っていなかった。 「飲めるんですね」と俺は言った。 「ハリケーンのときくらい飲まないと」と七瀬は言った。 俺はマンハッタンを頼んだ。 バーテンダーがグラスを置いた。 七瀬がひと口飲んだ。 肩の力が、少し抜けた。 それまで空港でずっと張っていたものが、ここで初め

GENPASS 編集 三好
6月27日
![シンクロニシティ [第1話/全6話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_6567196317ff4a6696081c46c9cf6517~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_6567196317ff4a6696081c46c9cf6517~mv2.webp)
![シンクロニシティ [第1話/全6話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_6567196317ff4a6696081c46c9cf6517~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_6567196317ff4a6696081c46c9cf6517~mv2.webp)
シンクロニシティ [第1話/全6話]
【第1話】 ハリケーンの前 ハリケーンが来ていた。 ヒューストン・ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港の出発フロアは、いつもと違う音をしていた。 アナウンスが途切れることなく流れ、カウンターに列が殺到し、フライトボードの「CANCELLED」が増え続けていた。 さっきまで30便だったのが、10分で40便になった。 人が動くたびにスーツケースがぶつかり合い、子どもが泣き、老人が壁際でスマホを握りしめていた。 俺のデトロイト行きの便も、30分前にキャンセルになった。 ハリケーン・ルイーズ。カテゴリー3。 テキサス湾岸に向けて北上中。 National Hurricane Centerが「48時間以内に上陸」と発表してから、空港の空気が変わった。 滑走路は閉鎖になり、全便が止まった。 行き場を失った乗客がカウンターに押し寄せた。 カウンターで手続きを終えて、次の便の空きを確認した。 乗れる便は最短でも明後日だった。 ホテルの手配を考え始めたそのとき、気がついた。 列が、動いていない女がいた。 カウンターの右端。4番レーンだった。...

GENPASS 編集 三好
6月26日


ジャカルタの夜に迷い込んだ俺は、姫に翻弄されて帰ってきた。
出張3度目にして、俺はようやくジャカルタの「夜の本気」を知った。 場所はメンテン地区。店の名前は「Lara Djonggrang」。 名前だけ聞いても何も分からない。 ただ、前夜のホテルのバーで一緒になった50代の日本人ビジネスマンが言っていたんだよ。 「Lara Djonggrangだけは行っとけ」 理由は教えてくれなかった。 「料理がうまいんですか?」って聞いたら、男は笑って首を振った。 「それだけじゃない」 それ以上は何も言わず、グラスを空けた。 ……この言い方、好きじゃないですよ、正直。 「それだけじゃない」って何!? 「それだけじゃない」ってどういう意味!? 教えてくれないなら言うな。 言わないなら意味深にするな。 でも結局、俺、タクシー呼んでいた。速攻で。 場所 そして、タクシーを降りると、空気が変わった。 重厚な石造りの門。燭台の光。フランジパニの甘い匂い。 オランダ統治時代の面影が残る建物。 「場所を間違えたか」と思って地図を確認したら合っていた。 9世紀のジャワ王朝に迷い込んだみたいな浮遊感。 回廊を歩くたびに時代と国籍が変わる

GENPASS 匿名協力記者
6月23日
![帰り道は遠回りしたくなる [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_3ac212f4c24c4f3dbb7b18382e64a747~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_3ac212f4c24c4f3dbb7b18382e64a747~mv2.webp)
![帰り道は遠回りしたくなる [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_3ac212f4c24c4f3dbb7b18382e64a747~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_3ac212f4c24c4f3dbb7b18382e64a747~mv2.webp)
帰り道は遠回りしたくなる [最終話]
【最終話】 帰り道は遠回りしたくなる 最終日の商談は、午後から動いた。 タタのCPOが修正した条件を持ってきた。 前回より数字は動いていたが、まだ強気だった。 俺は資料を一枚出した。 「この水準だと、御社内の承認が通らない可能性がある」と言った。 理由を3つ述べた。先方が少し黙った。 CPOが隣のCFOに小声でヒンディー語で何か言った。 CFOが頷いた。 「修正しましょう」 契約書の草案を交わしたのは夕方6時だった。 握手をして、ロビーを出た。 空港に向かうタクシーに乗った。 Chhatrapati Shivaji Maharaj International Airportまでは、道が混めば1時間を超える。 夕暮れ時のムンバイは、渋滞と夕日と潮の匂いが混ざる。 街が色を変えていく時間帯だ。 スマホを開いた。 Priyaの連絡先があった。 昨夜、ドアの前で交換した。 メッセージを書き始めた。 「ムンバイを離れる前に。」 そこで止まった。 続きを書こうとした。 何度か書いては消した。 「また来ます」は嘘かもしれない。 「良かった」は軽すぎる。 「また

GENPASS 編集 三好
6月22日
![帰り道は遠回りしたくなる [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_af28e7289b1e45d79471fcd9b98ce87e~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_af28e7289b1e45d79471fcd9b98ce87e~mv2.webp)
![帰り道は遠回りしたくなる [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_af28e7289b1e45d79471fcd9b98ce87e~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_af28e7289b1e45d79471fcd9b98ce87e~mv2.webp)
帰り道は遠回りしたくなる [第3話]
【第3話】 アラビア海の側で MasqueはローワーパレルのRaghuvanshi Mills Compoundにある。 かつて綿花工場だった建物の中に、店がある。 高い天井、むき出しの梁、赤レンガの壁。 装飾ではなく、時間が作ったものだ。 シェフのPrateek Sadhuはヒマラヤの山岳地帯出身で、 インド亜大陸の先住民的な食材と現代の技法を組み合わせたコース料理を出す。 アジアのベストレストラン50に選ばれている。 テイスティングコースは一人5500ルピー。日本円で1万円ほど。 「ここも最初ですか」とPriyaが聞いた。 「はい」 「毎回来たことない店に連れて行くんですか」 「いい店なら調べればわかる」 Priyaが口元に少し笑みを作った。 最初の一皿は、黒いセラミックの皿に盛られた小さな料理だった。 発酵させたジャックフルーツと、野生のベリー、地元のスパイスを使ったエスプーマ。 口の中でほどけた瞬間に、甘みと酸みと土の香りが一度にくる。 これがインドなのか、と思った。 知っていたインドとは別の場所から来たものだった。 5皿目に、アラビア海

GENPASS 編集 三好
6月21日
![帰り道は遠回りしたくなる [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d02e5cb4241d4c9696f2be1f0ee1c496~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_d02e5cb4241d4c9696f2be1f0ee1c496~mv2.webp)
![帰り道は遠回りしたくなる [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_d02e5cb4241d4c9696f2be1f0ee1c496~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_d02e5cb4241d4c9696f2be1f0ee1c496~mv2.webp)
帰り道は遠回りしたくなる [第2話]
【第2話】 クラブと、窓の外 翌夜7時ちょうどに、彼女は来た。 白いブレザーではなく、深いグリーンのワンピースだった。 俺の顔を見てから時計を見て、「ちょうど7時ですね」と英語で言った。 その一言だった。 この女は時間を守る側の人間だ。 そして、守ったことを主張しない。確認するだけだ。 カラ・ゴーダのRope Walk Laneにあるのに、Trishnaには看板らしい看板がない。 1981年の創業以来、変わらない。 Ajit Kapurが立ち上げたこの店を、いまは息子が厨房で守っている。 外観からは想像できない。 観光ガイドには載っているが、それを知って来る客と、知らずに来る客とでは、店との関係が少し違う。 「有名なんですか、ここ」とPriyaが聞いた。 「ムンバイで魚介を食べるなら、ここ以外考えなくていい」 「来たことはありますか」 「今日が最初です」 Priyaが少し口角を上げた。 それが笑いなのかどうか、判別が難しかった。 バター・ペッパー・ガーリック・クラブを頼んだ。 マッドクラブを使ったTrishnaの看板料理だ。 価格は時価で、この日

GENPASS 編集 三好
6月20日
![帰り道は遠回りしたくなる [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9c98212112a544b4acd87dd2500ec49d~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_9c98212112a544b4acd87dd2500ec49d~mv2.webp)
![帰り道は遠回りしたくなる [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_9c98212112a544b4acd87dd2500ec49d~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_9c98212112a544b4acd87dd2500ec49d~mv2.webp)
帰り道は遠回りしたくなる [第1話/全4話]
【第1話】 チャイと名刺 この街は、音が多い。 ムンバイに来るたびにそう思う。 クラクション、売り声、寺院の鐘、工事の音——それが重なって、塊になっている。 騒音ではなくて、街の体温に近い。 タタ・モーターズのムンバイ本社で商談が終わったのは、午後3時を少し過ぎたころだった。 打ち合わせは2時間かかった。 テーマはEVシフトに伴うサプライヤーの再編だ。 先方のCPOが最初に言ったのは「日本のサプライヤーはEV移行が遅い。 正直、今のパートナーシップを見直す時期に来ている」という一言だった。 俺は資料を一枚めくった。 「おっしゃる通りです」 同意から入った。否定より速い。 「ただ、移行が遅いということは、まだ決まっていないということでもある。今この段階で入ることが、5年後に意味を持つ」 次のページに数字を並べた。 EV部品の調達コスト削減率、日本の主要サプライヤーとの既存ネットワーク、納期の達成率。 隣に座るCFOが眼鏡を少し持ち上げた。CPOが10秒ほど黙った。 「もう一度話しましょう」 それで十分だった。今日の仕事は終わった。 BKCから配車を

GENPASS 編集 三好
6月19日


KitKatClub ドイツ
ベルリンという街を歩いていると、人間はなぜか賢そうな顔になる。 歴史、芸術、自由。 そんな単語を知った顔で石畳を歩ける。 まるで俺自身がヨーロッパ文化の一部になったかのような気分だ。 だが、それは全部ウソである。 俺の中身は、異国の有名クラブを見てみたいという好奇心を、 「文化体験」という包装紙で必死に包んでいるだけの男だ。 目的地はKitKatClub。 名前だけ聞けばチョコレート菓子の新商品みたいだが、 実際はベルリンでも特に有名なクラブである。 自由の象徴。 個性の解放。 自己表現の楽園。 観光サイトにはそう書いてある。 俺の脳内では、「有名だから見てみたい」という小学生レベルの動機しか存在していない。 そんな小学生レベルの精神のまま店の近くに着く。 まず思った。 並んでいる人たちが強い。 いや、腕力ではない。 存在感が強い。 服装も表情も立ち姿も、全員が「私は私である」という圧を放っている。 勝てる気がしない。 入場待ちの列に並びながら、俺は修学旅行初日の中学生みたいになっていた。 周囲は自然体。 緊張しているのは

GENPASS 匿名協力記者
6月18日


ブラックキャビア バンコク
バンコク・ラチャダー方面にある高級MP、Black Caviar Executive Club。 日本語だと「ブラックキャビア」。 名前からしてもう高い。高級。黒光り。 庶民の冷蔵庫には絶対に入っていない単語である。 マッサージパーラー、通称MP。 バンコク夜遊び界における、ちょっと大きめで、ちょっと高級で、ちょっと人生の判断力を試してくる大人の施設だ。 場所 ブラックキャビアは高級店。料金もクラス別。 G、H、I、J、K、S、M、L、XL……VIPみたいに。 俺はそれを見た瞬間、思った。 これは料金表ではない。 人間の煩悩に対する昇進試験である。 俺は店に入る前から、すでに少し背筋を伸ばしていた。 高級店に行く男は、歩き方も高級でなければならない。 声も少し低くする。 スマホを見る角度も、なんとなく成功者っぽくする。 中に入ると、やっぱり空気が違う。 ロビーが広い。スタッフの動きも、どこか余裕がある。 夜の男たちを受け止めるために作られた、謎の高級施設という感じだ。 ひな壇に座っている女の子たちは、みんなきれいだった。 きれいな子、スタイルの良

GENPASS 編集 八田
6月17日
![逃げ水 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_f31ed176cafe47b09bb3991aec3a7fd3~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_f31ed176cafe47b09bb3991aec3a7fd3~mv2.webp)
![逃げ水 [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_f31ed176cafe47b09bb3991aec3a7fd3~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_f31ed176cafe47b09bb3991aec3a7fd3~mv2.webp)
逃げ水 [最終話]
【最終話】 逃げ水 帰国してから3週間後、フランクフルトの商談は正式な契約書になった。 EVコンポーネントの供給枠を確保するのに、合計で3ヶ月かかった。 最終確認の電話がドイツから来たとき、俺は東京の会議室にいた。 長い交渉だった。 でも仕事というのはそういうものだ。 終わった瞬間に、次が始まる。 部門長が「よくやった」と言った。 それだけだった。 フランクフルトの3日間が、東京の会議室の一文で閉じた。 その翌日、Lenaからメッセージが来た。 LinkedInだった。英語で書いてあった。 「フランクフルトでの夜はとても良かったです。またいつかフランクフルトに来ることがあれば、ぜひ連絡してください。Lafleurのあのコース、また食べたいと思っています。」 読んだ。もう一度読んだ。 彼女らしい言葉だった。 丁寧で、具体的で、温かかった。 Lafleurという固有の記憶を持ち込んできたのは、あの夜が彼女にとって意味を持っていたからだ。 それは分かった。 Sachsenhausenでタクシーに乗る前に何かを言いかけた女が、こういう形で言葉を送ってきた

GENPASS 編集 三好
6月15日
![逃げ水 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b1555c07884e4f4fb4252e8955b9979b~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_b1555c07884e4f4fb4252e8955b9979b~mv2.webp)
![逃げ水 [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_b1555c07884e4f4fb4252e8955b9979b~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_b1555c07884e4f4fb4252e8955b9979b~mv2.webp)
逃げ水 [第3話]
【第3話】 ソフィーは、フランス語で笑った Jimmy's Barは1952年創業、Hotel Hessischer Hofのバーだ。 マホガニーのパネルが壁を覆い、深いアンバーの照明が落ちていた。 長い歴史の中で政治家も財界人もここで飲んできた。 フランクフルトに来るたびに立ち寄る人間と、一生知らない人間がいる。 その差は、この街の夜を知っているかどうかだ。 「ここ、よく来るんですか。」と俺は聞いた。 「フランクフルトには年に4、5回来ます。出張のたびに。」ソフィーはバーボンを頼んだ。 「さっき入ってきたとき、何かを考えているような顔をしていましたね。」 「そう見えましたか。」 「見えました。」 彼女は俺を遠慮なく観察していた。 でも嫌な感じはしない観察だった。 フランス人の直接性はドイツ人のそれとは違う。 論理ではなく、感覚で動く。 「どんな出張ですか。」 「電動化対応の部品開発です。あなたと同じ側にいます。でも競合かもしれない。」口角が少し上がった。 「気にしますか。 」「しません。」 ソフィーが少し笑った。 フランス語で短く何か言った。

GENPASS 編集 三好
6月14日
![逃げ水 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_68689db4617d42bb99f37e1803d0d7aa~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_68689db4617d42bb99f37e1803d0d7aa~mv2.webp)
![逃げ水 [第2話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_68689db4617d42bb99f37e1803d0d7aa~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_68689db4617d42bb99f37e1803d0d7aa~mv2.webp)
逃げ水 [第2話]
【第2話】 Sachsenhausenで、もう一歩が来なかった LafleurはパルメンガルテンのすぐそばにあるSiesmayerstraßeに建つ。 19世紀の歴史的な建物をそのまま使った、ミシュラン2つ星の店だ。 シェフのアンドレアス・クロリックがこの厨房を長く引っ張っている。 テーブルに着くと、静けさが違うと分かった。 音量ではなく、空気の密度が違う。 ここで食事をすることを知っている人間だけが来る場所の静けさというものがある。 テイスティングコースを取った。175ユーロ。 鹿肉のロースト。 タウヌス山地産のジビエを、クランベリーのソースとパースニップのピュレで仕立てていた。 表面は薄く焦げ目がついていて、切ると中はまだ赤い。 一口含むと、野性味のある肉の旨みが、ベリーの酸みと交差する。 仕上げに削った黒トリュフが香りを立てた。 この料理が成立するのは、素材をすべてドイツの土地から持ってきているからだ。 東京で同じ皿を出しても、この味にはならない。 この国に来た者だけが口にできる一皿だ。 LenaはSeeforelle——マス科の淡水魚——

GENPASS 編集 三好
6月13日
![逃げ水 [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cec92930d837492b90519245acea2f90~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_cec92930d837492b90519245acea2f90~mv2.webp)
![逃げ水 [第1話/全4話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_cec92930d837492b90519245acea2f90~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_cec92930d837492b90519245acea2f90~mv2.webp)
逃げ水 [第1話/全4話]
【第1話】 Alte Operの、隣の席だった フランクフルトに来て3日目になる。 EV向け電子制御ユニットの供給交渉が続いていた。 日系自動車メーカーの次世代プラットフォームに搭載する部品を、 どのドイツサプライヤーと、どの条件で確保するか。 競合他社も同じ市場を狙っている中で、何を差別化するか。 それがこの出張の本題だった。 2日目の午後、交渉が止まった。 相手側の技術責任者が「品質保証の範囲が不明確すぎる」と言った。 提案書の弱いところを、正確に突いてきた。 ドイツ人のエンジニアはそういうことをする。 感情より論理、印象より数字。その場で反論するのは賢くない。 「明日、修正した条件を持ってきます」と言って、その日の会議を終えた。 ホテルに戻るタクシーの中で、仕様書を全部読み直した。 何が問題で、何が解決できるか。感情より構造を先に見る。 それが仕事の基本だ。 ドイツのエンジニアが突いてきた弱点は正確だった。 それを認めた上で、使える条件を組み替えること。 反論ではなく、再設計だ。 翌朝、3つの修正条件を提示した。 保証範囲を絞る代わりに、単

GENPASS 編集 三好
6月12日


ここは上海 日式KTVの刺激的な体験
上海にも摘発の波が押し寄せていると言えなくはない。 昔の勢いをイメージしたら、期待を裏切られるかも。 オレは、ビジネスの都合もあったが、警戒もして、ここ上海まで来た。 でも、行ってみれば案外、「全然そんなことないじゃん!」と思えるときもある。 「調子に乗らず、陰でコソコソ営業している程度なら見過ごしてあげよう」という感じか。 ただし、それでも。 上海じゃ、フ〇ラが御法度!という情報がある。 たかが、フ〇ラじゃないか……。それが禁止なの? 黒のビジネスケースの中 オレは、黒のビジネスケースをぶらさげ、日式KTVへ行くことを計画した。 上海をぶらぶらしていると、途中、置屋を見つけた。 夜の闇の中、ガラス越しに店内が丸見え状態。 ほらみ、こんなあからさまな営業。規制なんてあってないようなもんじゃん。 その光景は、オレに明るい未来を提示していた。 よし、フ〇ラしてもらうぞ! 上海の何でもない夜の街風景の中に、オレは、若い女たちが、浮かれはしゃぎオレにハートマークを送っている光景を思い浮かべていたのだ。 実は、オレの黒のビジネスケースの中には、

GENPASS 匿名協力記者
6月9日
![雨の前に、もう一杯だけ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_0b7a433b68ca4ab59234ec9aa05b48ee~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_0b7a433b68ca4ab59234ec9aa05b48ee~mv2.webp)
![雨の前に、もう一杯だけ [最終話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_0b7a433b68ca4ab59234ec9aa05b48ee~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_0b7a433b68ca4ab59234ec9aa05b48ee~mv2.webp)
雨の前に、もう一杯だけ [最終話]
【最終話】 雨の前に、もう一杯だけ 帰国して、3週間後に次のジャカルタ出張が入った。 スケジュールを見たとき、ナディアに連絡するかどうか考えた。 5秒考えて、連絡した。返事はその夜来た。 「また来るんですね。嬉しいです。夜は空けておきます。」 日本語は相変わらず正確だった。 正確すぎて、どこまでが本音か分からないときがある。 最後の一文だけが、分かりやすかった。 2回目のジャカルタでも、3回目でも、会った。 いつも同じホテルを取った。 いつも夜、どこかで食事をした。 彼女が案内することも多かった。 ロードサイドの食堂で、プラスチックの椅子に座ってサテ・アヤムを食べた夜があった。 「こっちが本当のジャカルタです」とナディアは言って笑った。 串に刺さった鶏の炭火の香りが夜の路地に漂っていた。 俺が東京で想像していたジャカルタとは違う顔だった。 上からしか見たことのない街を、横から歩いている感じがした。 LINEは毎日ではなかったが、続いた。 出張の回数が増えるにつれて、Karimun Batteryとの合意は固まっていった。 契約書が完成したのは、5

GENPASS 編集 三好
6月8日
![雨の前に、もう一杯だけ [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8e3a592d87274f5a83c5d402bb6a0d42~mv2.png/v1/fill/w_333,h_250,fp_0.50_0.50,q_35,blur_30,enc_avif,quality_auto/37d521_8e3a592d87274f5a83c5d402bb6a0d42~mv2.webp)
![雨の前に、もう一杯だけ [第3話]](https://static.wixstatic.com/media/37d521_8e3a592d87274f5a83c5d402bb6a0d42~mv2.png/v1/fill/w_454,h_341,fp_0.50_0.50,q_95,enc_avif,quality_auto/37d521_8e3a592d87274f5a83c5d402bb6a0d42~mv2.webp)
雨の前に、もう一杯だけ [第3話]
【第3話】 雨は、まだ降っていた The St. Regisのバーに入ったのは、23時を過ぎた頃だった。 深夜のバーは、昼間のホテルとは別の顔をしていた。 大理石のカウンターに、アンバーの照明が落ちていた。 バックバーには厳選されたボトルが整然と並び、バーテンダーが一人だけいた。 シグネチャーカクテルを頼んだ。165,000ルピア。 インドネシア産クラフトジンを使ったベースに、カラマンシーとレモングラスを合わせたものだ。 一口飲むと、ジュニパーの香りが先に来て、後から東南アジア特有の柑橘の鋭さが追いかける。 この国の原料でしか作れない、この場所にしかない一杯だった。 雨の夜に、これほど合うものを俺は知らない。 このグレードのホテルのバーが深夜に静かである理由は、ここに来る人間がそれを望んでいるからだ。 「最後に一杯だけ」と俺は言った。 ナディアは黙って席に着いた。 ホテルに戻るまでの間、二人ともほとんど話さなかった。 雨の中のタクシーで、窓の外を見ていた。 沈黙が重くなかった。重くない沈黙が成立するには条件がある。 お互いが相手のそばにいることに

GENPASS 編集 三好
6月7日
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