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心にもないこと  [第1話 / 全4話]

執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
GENPASS 編集 三好
10月2日
読了時間: 10分

更新日:10月5日




【第1話】 短い訳



9月のホーチミンは、空港の自動ドアが開いた瞬間に体温が変わる。

乾季にはまだ早い。

湿った空気が首の後ろに貼りつく。

排気と、どこかで揚げている油と、雨の降る前の匂い。

タンソンニャットから市内までは7キロしかないのに、夕方のこの時間は40分かかる。



「三好さん、こっちです」

到着ロビーで手を上げたのが佐伯だった。

半袖のシャツにショートカット、腕も首も日に焼けている。

東京にいたころは服にも化粧にも隙のない女だったのに、

いまは日焼け止めしか塗っていない顔をしていた。

喋る速度が2段階上がっている。


「車、路肩に停めてます。ここ、5分で警備が来るんで走ります」

佐伯はこの街で5年目になる。

三好が東京で会っていたころ、彼女は資料の余白まで揃える人間だった。

いまはタクシーの運転手と現地語で値段を詰めている。

人は置かれた場所の速度になる。


車が高速に乗ると、佐伯が窓を10センチ開けた。

「エアコン効きすぎて頭痛くなるんで」

入ってきた風が生温かった。


宿はドンコイ通りの南端にある。

1925年に建った建物で、建てたのはこの街の不動産王と呼ばれた華人だった。

上に2層足したのは、旧大統領官邸を設計した建築家だ。

つまり一軒のホテルの上と下が、別々の伝説でできている。


通りの突き当たりがサイゴン川で、部屋の窓からその黒い帯が見えた。

対岸は工事中の高層ビルばかりで、クレーンの先端の赤いランプが等間隔に点滅している。


「明日、9時半に迎えに来ます」

ロビーで佐伯が言った。

「通訳、うちのリンをつけます。日本語、たぶん私より正確です」


翌朝、6時半に外へ出た。

パスツール通りから路地を一本入る。

両側が壁で、原付がすれ違えない幅。

その奥にフォーの店があった。

1945年から同じ場所でやっている。

娘の代になって、いまは孫まで店に立っている。


プラスチックの椅子に座ると、注文を聞く前に湯気が来る。

南部の牛のフォー。

スープが澄んでいて、甘い。

麺を持ち上げると湯気に八角の匂いが混じる。


一緒に頼むのはパテショーだ。

サクサクのパイ生地に、熱い肉の餡が入っている。

フランスが置いていった焼き菓子で、この国ではフォーの相棒になった。

割ると中から湯気が出て、指が熱い。

フォーとコーヒーと合わせて109,000ドン、660円ほど。


隣の男が女将に何か言って笑った。

三好は写真を撮ろうとして、やめた。

女将がこちらを見ていない。

見ていない人を撮るのは、この店では違う気がした。



9時半、佐伯が来た。

後ろに女がもう一人いた。

「リンです。よろしくお願いします」

日本語だった。


165センチくらい。細い。

腕が薄くて、肘の形が服の上からわかる。

白いシャツを腕まくりもせずに着ていて、髪を後ろで一つに束ねている。

ほつれ毛が一本もない。

顔は小さくて、頬骨が高い。笑うと目が細くなるが、声は出さない。


日本語がきれいだった。

訛りがないという意味ではない。

間違えない。

助詞も、敬語も、語尾も、教科書どおりに正確で、一度も詰まらない。

日本人はこんなに正確には喋らない。


三好の会社は、この国の部品屋から買ったものを日本と北米に流している。

その値段が、いま合わなくなっている。

同じものを北の国の工場が3割安く出してきていて、東京はそちらに寄りたがっている。

三好はその判断をしに来た。

続けるか、切り替えるか。


続ければここは回る。

切り替えれば、この国から買う分は細る。

それだけの話だ。


工場は市内から車で50分の工業団地にあった。

道の途中に、新しい空港の建設現場が延々と続いている。

柵の向こうで9,000人が働いているらしい。

まだ飛んでいない空港のために、地面が何キロも掘り返されている。


会議室のエアコンが効きすぎていた。

先方は4人。

真ん中に座った男が決裁者で、あとの3人は数字を持ってきただけだ。

佐伯は三好の隣に座って、口を出さない。

場を回すのが仕事で、喋るのは三好の役だ。


リンは三好の斜め後ろに座った。

ノートを開かない。

ペンも持たない。


数字の話が1時間続いた。

どこまでが原価で、どこからが為替で、どこからが交渉なのか。

相手はよく準備していた。

ただ、出てきた値段は三好が持ってきた線に届いていない。


三好は一度、水を飲んでから言った。

「この値段だと、来期は他の国の見積もりと並べることになります」

並べる、という言い方にした。

切る、とは言っていない。

だが意味は同じで、この業界の人間なら誰でもわかる。


リンが訳した。

三好はベトナム語がわからない。

音が上下するのがわかるだけだ。


ただ、訳が短かった。

そして、先方の顔が動かなかった。

言葉の数と意味の重さは、言語が違えば比例しない。

それは知っている。


ただ、通訳を挟んだ商談を何度もやっていれば、訳されたあとの相手の顔でわかる。

届いた台詞は、相手の目のどこかを一瞬だけ硬くする。

いまのは、硬くならなかった。

角が落ちている。


会議は予定より15分早く終わった。

悪い意味ではない。

何も壊れなかったから早く終わった。

壊れなかったのは、壊れる言葉が出なかったからだ。


会議室を出て、エレベーターホールの手前で三好は足を止めた。

「リンさん」

振り返った彼女に、正面から言った。

「さっきの、訳しましたか」

「訳しました」

「短かった」

「日本語とベトナム語では、同じ内容でも長さが違います」

「そういう話をしているんじゃない」


声を荒げてはいない。

ただ、三好は自分の声が一段低くなったのがわかった。

交渉の席で使う声だ。


「他の国の見積もりと並べる、と言いました。あれは、あのまま届きましたか」

リンが黙った。

二秒くらいだった。

「言い方を変えました。意味は変えていません」

「変えたかどうかを、俺は確かめられない」

それが全部だった。


自分の言葉が、自分の知らない音になって相手に渡る。

渡ったあとのことは、渡した人間にしかわからない。

この仕事で一番嫌いなのがその瞬間で、だから三好は通訳を使う商談で必ず相手の顔を見る。

今日は、顔が動かなかった。


「三好さん」

後ろから佐伯が来た。

「リンの訳は正確です。私が5年、見てます」

「佐伯さんはベトナム語がわかるんですか」

「……日常会話くらいなら」

「じゃあ商談はわからない」


佐伯が口を閉じた。

悪気で言ったのではないし、佐伯もそれはわかっている。

ただ、この場でそれを言わないわけにはいかなかった。


三好はリンに向き直った。

「明日から、俺が言ったことは、そのまま訳してください。角が立つなら立たせてください」

「はい」

「それで壊れる話なら、壊れたほうがいい。持ち帰ってから壊れるより、ここで壊れたほうが安く済みます」

「わかりました」


即答だった。

抵抗もしなかったし、不服そうな顔もしなかった。

そのあとで、彼女は一つだけ付け足した。

「でも、壊れたときに困るのは、三好さんではありません」


エレベーターが来た。

三人で乗って、誰も何も言わなかった。



夜の店は、市場の中にあった。

古い生鮮市場の一角に、細長い建物が挟まっている。

間口が3メートルもない。

それが3階まで積み上がっていて、

1階が店、2階がバー、屋上がまた別の席になっている。


中に入ると、外の市場の音が下から上がってくる。

氷を割る音と、売り声と、原付のクラクション。

それを聞きながら一つ星の皿を食べることになる。

コース1本で115ドル、18,000円ほど。

この街の物価からすれば法外だ。


最初に出てきたのは、バインセオをタコスの形にしたものだった。

皮が薄くて、噛むと先に音が来る。

次が、フエ風のターメリックの魚。

最後に出た魚醤のアイスクリームで、佐伯が声を上げて笑った。


「これ、初めて食べたとき怒りましたもん、私」

「怒る」

「だって魚醤ですよ。デザートに」


甘い。

そして後ろから塩が来る。

塩が来たあとに、また甘い。

うまいかまずいかを決める前に、次の一口を食べている。


リンはよく食べた。よく食べるが、喋らない。

佐伯が喋って、リンが短く受ける。

それが2時間続いた。

会社の話、この街の家賃の話、雨季の話。


途中で皿が回ってきたとき、佐伯が取り分けた。

三好の分には香菜を乗せた。

自分の分にも乗せた。

リンの分には乗せなかった。

聞かなかった。


「いる?」とも「大丈夫?」とも言わなかった。

手が勝手に避けた。

何年かそうしてきた手の動き方だった。


三好は皿を受け取って、礼を言った。

それだけのことだ。

それだけのことのはずだった。


そのすぐあとで、

三好は手を滑らせてフォークを落としてしまった。

身をかがめて拾おうとしたとき、

テーブルクロスの陰になったところが目に入った。


佐伯の左手と、リンの右手が、膝の上で重なっていた。

指が組んである。

強く握っているわけではない。

置いてあるだけの、長いあいだそうしてきた形だった。


上では会話が続いていた。

佐伯は雨季がいつ終わるかという話をしていて、

リンが短く相槌を打っていた。


三好はフォークを拾って、体を起こした。

店の人を呼んで、新しいものをもらった。

何も見なかった顔をするのは得意だった。

それで飯を食っている。



店を出ると、市場はもう閉まっていた。

濡れた路面に、シャッターの下ろされた店の影が並んでいる。

魚の氷が溶けた水が側溝に流れていた。

佐伯が原付を停めてある方へ歩いていく。

リンがその後ろについていく。

女二人の歩幅が、同じだった。


「三好さん、明日もリンさんに入ってもらいますから」

佐伯が振り返って、そう言った。

「彼女がいないと、うちは何も進まないんで」

三好はホテルまで歩いて戻った。

15分。汗をかく距離だ。

歩きながら思い出していたのは、香菜のことではなかった。


 壊れたときに困るのは、三好さんではありません。


昼間はそれを、現地法人の立場の話だと受け取った。

本社から来た人間と、ここで暮らしている人間の温度差。

よくある話だ。

佐伯が言うなら、そういう意味だっただろう。


だが、言ったのは佐伯ではない。

この商談が壊れれば、この国から買う分は細る。

細れば、日本語で仕事をする人間は要らなくなる。

日本語の通訳が二人いる部署に、二人は要らない。

彼女は、自分の話をしていた。


ホテルの前で一度立ち止まって、上を見た。

100年前に建った石の建物が、川に向かって立っている。


明日、自分の言葉はそのまま訳される。

そう約束させた。

約束させたのは、自分の仕事を守るためだ。

そしてそれは、彼女の仕事を削ることだった。



【次話予告】

翌日、訳は長くなった。

三好の言葉はそのまま相手に届き、相手の顔が硬くなり、会議は一度止まった。

約束は守られている。守られているのに、三好は落ち着かなかった。

夜、三人で二度目の食卓を囲んだ。

その席で、三好はもう一つ気づくことになる。





Hotel Majestic Saigon(ホテル・マジェスティック・サイゴン)

1 Đồng Khởi, Sài Gòn(旧1区)

1925年築175室。建てたのはこの街の不動産王と呼ばれた華人で、1965年の増築は旧大統領官邸の設計者による。ドンコイ通りの南端でサイゴン川に正対している。1泊108〜207ドル。

8階のM Barは15時から24時、毎晩20時から生バンド。頼むならシグネチャーの「Majestic 1925」。オレンジとシナモンを利かせたバーボンで、川を見ながらの一杯としてはこの街で一番格好がつく。


Phở Minh(フォー・ミン)

63/6 Pasteur, Sài Gòn(旧1区)

パスツール通りから路地を入った奥、1945年から同じ場所でやっている南部式の牛のフォー。ミシュランのビブグルマン。朝6時半から10時半、売り切れ次第終了。

必ず一緒に頼むのがパテショー。サクサクのパイ生地に熱い肉餡が入った、フランスが置いていった焼き菓子だ。フォーとコーヒーを付けて109,000ドン、約660円。女将は写真を好まないので、撮るなら一声かけること。


Ănăn Saigon(アナン・サイゴン)

89 Tôn Thất Đạm, Sài Gòn(旧1区)

古い生鮮市場の一角に建つ、間口3メートルほどの細長い3階建て。ミシュラン1つ星で、市場の音が下から上がってくる中で食べることになる。

コース1本115ドル、約18,000円。名物はバインセオをタコスに仕立てた一皿と、魚醤のアイスクリーム。17時から、月曜休み。予約はメールのみで2週間前が目安。




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