不等号 [第1話 / 全4話]


【第1話】渋滞がすごいので
チャンギに降りて、入国して、そのまま陸路で出国した。
シンガポールにいた時間は1時間半もない。
空港からバスに乗ると、島を北へ抜ける。
高速の両側は森で、そのあと急に倉庫になり、倉庫のあとに検問所がある。
ウッドランズという。
ここで一度降りて、荷物を持って出国の列に並ぶ。
列は長かった。
前にいるのはほとんどマレーシア人で、全員が慣れていた。
慣れている人間の並び方というものがある。
鞄を床に置いて、スマホを見て、列が動くときだけ足で鞄を押す。
国境を越えて通勤する人間が、この二つの街のあいだに何十万人といる。
三好が持っている数字では、ここと、もう一本の橋と、合わせて1日43万人。
朝と夕方に、その半分ずつが動く。
ゲートの機械にパスポートを置いた。
緑のランプが点いて、扉が開いた。
後ろで、音が鳴った。
赤だった。
止まったのは30代くらいの女で、制服のようなシャツを着ていた。
会社の名前が胸に入っている。
向こう側で働いている人間の服装だった。
係官が来て、画面を見て、短く何か言った。
マレー語だった。
一語だけ、三好にも拾えた。
タハナン。
女は反論しなかった。
驚いてもいなかった。
画面を指さして、何かを聞いて、頷いて、列から出た。
出るときに後ろを振り返って、「すみません」という顔をした。
並んでいた全員が、もう前を向いていた。
バスに戻ると、三好のほかに2人が待っていた。
あの女は来なかった。
「あれ、よくあるんですか」
隣の男に英語で聞いた。
作業服の、50くらいの男だった。
「ブラックリストだ」
男はスマホから目を上げずに言った。
「向こうが入れないんじゃない。こっちが出してくれない」
「……こっち、というのは」
「マレーシアだ。借金、税金、ローン。役所が入管に名前を送ると、ゲートが開かなくなる」
出るのを、止められる。
入れてもらえないのではなく、出してもらえない。
三好は、そういう止まり方があることを知らなかった。
「さっきのは、たぶんタハナンだ」
「タハナン」
「留め置き、という意味だ。画面にそう出る」
男の言い方には、驚きも同情もなかった。
雨の日に傘を忘れた人間の話をするときの声だった。
「どれくらいいるんですか、それ」
「何十万人」
男はそこで初めて顔を上げて、少し笑った。
「見た目じゃ分からんよ」
橋は1キロ強しかない。
歩いても20分かからない距離を、バスは40分かけて渡った。
渡りきる直前、窓の下を見ると、水はほとんど流れていなかった。
マレーシア側の検問所を出て、車が1台待っていた。
「三好さんですか」
女だった。
162センチくらい。
体重は55前後といったところか。
肩幅があって、痩せてはいない。
髪を顎の線で切り揃えていて、それが歩くたびに揺れる。
日に焼けていない。
この街で外にいない仕事をしている人間の色だった。
年齢は20代の後半。
笑うと目が細くなって、笑っていないときより3つ若く見える。
名刺には JOANNE LOW SHU QI とあった。
「ジョアンです。長かったでしょう」
「40分でした」
「今日は速いほうです」
日本語がうまかった。
うますぎると言ってもよかった。
教科書の日本語ではない。
耳から入れた人間の日本語で、間の取り方に癖がない。
「どこで覚えたんですか」
「工場です。日本の方が多いので」
そう言って、笑った。
よく笑う女だった。
この3分で3回笑っている。
工場はパシルグダンにあった。
市内から東へ25キロ、30分。
パシルグダン・ハイウェイという道を行く。
1979年にできた4車線の道で、路肩がない。
前も後ろもコンテナ車で、その隙間を縫って車が走る。
「この道、事故が多いんです」
ジョアンはそう言いながら、追い越しをかけた。
パシルグダンは港の町だ。
造船所と、石油化学と、ヤシ油の貯蔵タンク。
空気に匂いがある。
ときどき、プラスチックを焼いたような匂いが混じる。
「名前の意味、知ってますか」
「いえ」
「パシルが砂で、グダンが倉庫です。昔ここで砂を掘って、倉庫に入れて、シンガポールに売っていたので」
この町は、名前からして向こう側の話でできている。
工場は工業地帯の奥にあった。
作っているのは部品で、三好の会社はそれを買っている。
4日いて、工程を見て、来期の値段を話して帰る。
それだけの出張だった。
会議室に3人出てきた。
一番上の男が購買と製造の両方を見ている。
ミスター・タンといって、50代で、握手が強い。
残りの2人は若くて、ほとんど喋らなかった。
午後は数字の確認で終わった。
ジョアンは通訳ではない。
営業の窓口で、数字を出すのも彼女だった。
読み上げる声が大きい。
この部屋でいちばん声が通る。
3時前に、コーヒーが来た。
ミスター・タンが、三好のほうを向いて言った。
「うちの若いのは、半分シンガポールに行きます」
「向こうで働くんですか」
「給料が3倍です。止められない」
リンギットが安い。
だから橋を渡る。
朝4時に起きて、2時間並んで、
向こうで8時間働いて、また2時間並んで帰る。
それでも3倍なら行く。
「来年、電車ができます」
若いほうの1人が、急に喋った。
「5分です。橋の上を5分」
会議室が少し明るくなった。
この街の人間にとって、それは本当に大きい話なのだと分かった。
2時間が5分になる。
渋滞という言葉が、この街から消える。
三好は、ジョアンを見た。
ジョアンは手元の紙を見ていた。
夜は市内に戻った。
パシルグダンには酒を出す店がほとんどない。
工業地帯だから、飲む人間は市内へ帰る。
店はタマン・セントサという地区の、ジャラン・スーテラにあった。
ハイ・カー・ランという。
クアラルンプールの本店がミシュランのビブグルマンに載っていて、ここはその支店だ。
品書きは一枚だけで、そこに30種類以上の魚介が並んでいる。
まずスープを選ぶ。
それから具を選ぶ。
どれを何個入れても、客が決めた通りに作る。
「決められない人は、ミックスにします」
ジョアンが言った。
「でも、決めたほうがおいしいです」
スープは紹興酒の澄んだものにした。
透明で、油が浮いていない。
飲むと最初は薄いと思う。
3口目で、酒の匂いが鼻へ抜ける。
そこから急に旨くなるスープだった。
具はジョアンが決めた。
魚の浮き袋、ホタテ、マテ貝、ワタリガニ。
4つ言うのに5秒もかからなかった。
浮き袋がいい。
乾かしたものを戻してあるので、
噛むと水を含んだ紙のように潰れて、そのあとで出汁が出る。
日本では捨てる部位が、この店では一番高い具になっている。
マテ貝は細長い殻のまま入っていた。
身を引き出すと砂が落ちる。
落ちるのが正しい貝で、落ちないものは戻しすぎている。
ワタリガニは半分に割って入っていた。
甲羅の内側に味噌が残っていて、それがスープに溶けると色が変わる。
この一杯の値段は、カニを入れた時点でだいたい決まる。
1杯28リンギット90セン、1,000円ほどから。
隣に牡蠣を1皿頼んだ。
「三好さん、骨のあるもの、よく食べますね」
「慣れです」
「日本の方は、だいたい残します」
また笑った。
笑うと声が大きい。
隣のテーブルの人間が一度こちらを見た。
ジョアンはよく喋った。
生まれはこの街で、父親は長距離の運転手だったという。
学校は中華系の学校で、だから広東語と北京語とマレー語と英語が喋れる。
日本語は5番目だと言って、指を5本立てた。
「兄弟は」
「兄が1人」
「どこに」
「……いま、いないです」
いない、の意味が分からなかった。
死んだのか、家を出たのか、この国にいないのか。
聞き返す前に、ジョアンは次の皿を取り分けていた。
店を出たのは9時過ぎだった。
外は暑い。
昼間の暑さが地面から戻ってきている。
車でホテルまで送ってもらった。
ホテルはジャラン・トゥルスという通りにあった。
アマリ・ジョホールバルという。
旧市街の古い商店街の真ん中に建っていて、下は戦前の2階建てが並んでいる。
車を降りるとき、三好は聞いた。
「ジョアンさんは、向こうには行かないんですか」
ジョアンは、ハンドルに手を置いたまま、少し間を取った。
それから、いつもの顔で笑った。
「渋滞がすごいので」
それは、この街の誰もが言う理由だった。
誰もが言う理由で、誰も納得しない理由でもあった。
朝4時に起きて2時間並ぶ人間が何十万人もいる街で、渋滞を理由に行かない人間はいない。
車は、来た道を戻っていった。
部屋は高い階にした。
カーテンを開けると、海峡が見えた。
水は細い。
1キロ強しかないので、向こう岸の建物の窓まで数えられる。
橋が1本、左手に伸びている。
夜の11時でも、車のライトが動いていた。
あの上をいま、何万人かが渡っている。
朝の女を思い出した。
並んで、機械にパスポートを置いて、赤いランプが点いて、それで終わりだった。
驚いていなかった。
驚かないということは、知っていたということだ。
この街の人間は、全員が向こうへ行く。
給料が3倍で、来年には5分になる。
ジョアンは、その話を一度もしなかった。
会議室でも、車の中でも、飯の席でも。
4時間一緒にいて、向こう側という言葉が彼女の口から一度も出なかった。
見た目じゃ分からんよ、と男は言った。
カーテンを閉めようとして、下を見た。
車が、まだあった。
車寄せではない。
50メートルほど先の路肩に寄せて止まっている。
エンジンは切れていて、ライトも消えていた。
その止め方には見覚えがあった。
電話を待っている人間の止め方だ。
かけるのではなく、かかってくるのを待つとき、
人は車を端に寄せてエンジンを切る。
待つ時間が読めないからだ。
10分見ていた。
動かなかった。
——降りてくるかどうか、待っているのかもしれない。
そう思ってから、三好は自分で苦笑した。
そういう思い込みをする歳ではない。
シャワーを浴びて戻ってくると、車はなくなっていた。
行き先が分かったのは偶然だった。
窓の正面の通りを、見覚えのある車が左へ走っていくのが見えた。
左は、橋だ。
夜中の12時に、あの女は国境へ向かっていた。
渡れる時間ではある。
この橋は24時間開いている。
仕事の電話でも入ったのだろう、と三好は思った。
思ってから、カーテンを閉めた。
この時点ではまだ、橋は渡るためのものだった。
【次話予告】
翌朝、ジョアンは7時に来た。
その日、工場で三好は紙を1枚受け取った。
船積みの書類だった。
署名の欄に、知らない名前があった。
→第2話 来ませんでした
Amari Johor Bahru(アマリ・ジョホールバル)
82C, Jalan Trus, Bandar Johor Bahru
旧市街の商店街のただ中に建つホテル。下の通りは戦前の2階建てが並び、裏手にジャラン・タン・ヒオク・ニーの保存地区がある。屋上にプールとスパ。
何よりJBセントラルまで徒歩5分で、国境の出入国施設(CIQ)まで歩いていける。シンガポールから日帰りで来る客も、ここに泊まって朝いちで渡る客も、距離で選ぶならここ。
Hai Kah Lang(ハイ・カー・ラン)
173, Jalan Sutera, Taman Sentosa
クアラルンプールの本店がミシュランのビブグルマンに載っている海鮮麺の店で、ここはジョホールバルの支店。日曜から木曜は8時から21時30分、金土は24時まで。
まずスープを選び、30種類以上の魚介から具を自分で選んで一杯を組み立てる。看板は紹興酒の澄んだスープ。魚の浮き袋、ホタテ、マテ貝、ワタリガニあたりを入れると外れない。決められないならミックス・シーフード・ヌードルで、1杯28.90リンギットから。
ジョホール・シンガポール・コーズウェイ
1924年開通の全長1キロ強の土手道。南のトゥアスにある第二リンクと合わせて、1日43万人以上が行き来する。平日の朝夕で2時間、祝祭期には6時間かかることもある。
2026年末にJBセントラル隣のブキ・チャガーとウッドランズ北を5分で結ぶRTSリンクが開業予定で、この渋滞は近く過去のものになる。
パシルグダン
JB市内から東へ25キロ、車で30分。港と造船所と石油化学の町で、町の名は「砂を入れた倉庫」を意味する。掘った砂をシンガポールへ積み出していたことに由来する。
市内から向かうパシルグダン・ハイウェイ(連邦道17号線)は1979年完成の4車線で路肩がなく、コンテナ車が絶えない。観光で行く場所ではないが、この街が何で食べているかはこの道で分かる。


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