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サヨナラの意味  [第2話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 5 日前
  • 読了時間: 5分

更新日:2 日前




【第2話】ナイスカップル


9時55分にClaridge'sのロビーに降りると、リカがすでにいた。

ソファに座って雑誌を読んでいた。

こちらが近づいても顔を上げなかった。

上げたとき、まず眉をしかめて顎を引いた。

「遅い!」と言った。


一拍置いて、パッと笑顔になった。

「おはよー!遅いって言いたかっただけだよ笑」

時計を見た。9時55分だった。

「じゃーレッツゴー!」

立ち上がって先に出口へ向かった。


外でブラックキャブを拾った。

乗り込んだ瞬間、リカが俺の腕を組んだ。

そのまま前の運転席に向かって英語で言った。


「私たち、どう見える?」

"Nice couple"と運転手が言った。


リカが俺を向いた。

下唇を突き出して、子供みたいに拗ねた顔をした。

「兄弟にしか見えないって言われた」

「ナイスカップルって言ってましたよ」


「お!」リカが目を丸くした。

「ヨッシーは私たちナイスカップルだと思ってるんだー」と言いながら、指で俺の腕をつついた。

「ナイスカップル、ナイスカップル」


俺は窓の方を向いた。

3月のロンドンは空が低い。

灰色の雲が街全体に蓋をしていた。

しばらくして、リカも窓を向いた。


「ロンドンって曇ってることが多くてさ、最初はちょっと嫌だったんだよね」静かな声だった。

「でも最近は、なんかこの空の方が落ち着くんだよね」

「東京の青い空を思い出さなくて済むから、ですか」

リカが少し止まった。

窓から俺の方を向いた。

「……ヨッシー、なんでそういうこと言うの!」

笑顔のまま言った。でも、答えではなかった。


Rules。

Covent Gardenから徒歩3分、Maiden Lane沿い。

1798年創業、ロンドン最古の高級レストラン。

全室ダークウッドの壁に赤いソファ、

天井まで並ぶヴィクトリア朝の風刺画と肖像画が、この建物の年輪をそのまま壁にしていた。

Barnsley Lamb Chop £38——炭火で黒く焦がした外皮、骨ごとかぶりつくと白ワインで閉じ込めた肉汁が走る。


「このラムは、このフロアに似合っている」と思った。

「ここ、好きなんだよね」リカが店内を見渡しながら言った。

「ロンドン来て最初の年に一人で来たの」

「一人で?」

「うん。なんか、どうしても来たくて」少し笑った。

「意地になってた感じ」とリカが言った。

それ以上は聞かなかった。


食事の間、リカはよく話した。

アシックスの仕事のこと、

ロンドンで初めてできた友達のこと、

英語で喧嘩して初めて勝った日のこと。

どれも明るく、笑いながら話した。

でも全部、東京を出てからの話だった。


食後のコーヒーが来たとき、リカが

「ヨッシーって、食事中ほとんど喋らないね」と言った。

「聞いてる方が好きです」と答えると、

「それ、なんかずるいな」と笑った。


食後、Covent Gardenの石畳を歩いた。

大道芸人と観光客が混ざる広場を抜けて、

リカが「こっちこっち!」と路地に入っていった。

思いのほか細い路地だった。

しばらく歩くと小さな広場に出た。

古いタイポグラフィの看板と、ジャスミンを売る花屋。

「わ、ここ知らなかった」とリカが言った。

知らない場所に迷い込んで、素直に喜んでいた。


Neal Streetに出て少し歩いたとき、若い女性が三好に近づいてきた。

地図を見せながら英語で何かを聞いた。

俺が答えた。

女性が笑顔で礼を言い、去っていった。


「ヨッシー、今の子可愛いと思ったでしょ」

「そんなことはない」

「可愛かったなーって顔に書いてあるよ」

「……」


「すいませーん!」

リカが大声を出した。

女性の背中に向かって。

「ヨッシーがあなたのこと可愛いって!!」

「やめてください」

リカが笑いながら言った。「日本語だからわからないよ」

歩き出しながら、また笑った。

腹から笑っていた。


夜、Connaught Barに入った。

Carlos Placeに面した小さなバーで、重いドレープのカーテンと磨かれた木のカウンター。

一日歩いて、ようやく腰を落ち着けた感じがした。


「今日、楽しかった」とリカが言った。

「俺も」

リカが少し驚いた顔をした。

「ヨッシーって、そういうこと言うんだ」

「たまには」

リカがグラスを持ったまま、少しだけ遠い目をした。


「なんかさ」とリカが言った。

「どんな元気な曲かけても、全部バラードに聞こえる夜ってない? 今日がちょっとそれかも」

何も言わなかった。

リカが静かに俺の肩に頭をのせた。

重くなかった。

グラスをゆっくり回した。


「ヨッシーって、つかみどころないよね」静かな声だった。

「でも、全部見えてる気がしてこわい」


その言葉を聞いた。

何も返さなかった。

グラスが空になった。

バーテンダーが目で聞いてきた。

俺が頷いた。

リカの分も頼んだ。

リカがそれを見ていた。


しばらくして、リカが言った。

「明日も会える?」

「仕事が一個あります」

「終わったら連絡して」

リカが立ち上がった。

今夜は振り返らなかった。



【第3話予告】

水曜の夜、仕事が長引いた。スマホの電池が切れていた。

リカは、雨のMayfairでずっと待っていた。

「私、もう電池切れちゃったよ…」——三好の胸の中が、崩れ落ちそうになった。




Rules / 基本情報

コベント・ガーデンから徒歩3分、メイドン・レーン沿い。

1798年創業、ロンドン最古の高級レストランとされる。

ダークウッドの壁に赤いソファ、天井まで並ぶヴィクトリア朝の風刺画と肖像画が英国らしい重厚感を作り出している。

Barnsley Lamb Chopをはじめ、ゲーム料理が看板メニュー。

住所:35 Maiden Ln, London WC2E 7LB 営業:月〜土 12:00〜23:30、日 12:00〜22:30 予算:£50〜80 /人(ディナー)

Connaught Bar / 基本情報

メイフェア、カーロス・プレイス。コノート・ホテル内の小さなバー。

重いドレープのカーテン、磨かれた木のカウンター。

世界最高のバーランキング(World's 50 Best Bars)に毎年ランクインする名店。

マティーニが特に有名で、バーテンダーがトローリーで仕上げに来るスタイルが唯一無二。

住所:Carlos Pl, Mayfair, London W1K 2AL 営業:月〜土 12:00〜翌1:00(日曜短縮あり) 予算:£25〜40 /杯 備考:週末は混雑するため予約推奨



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