New Girls Cabaret マドリード
- GENPASS 編集 八田

- 2 日前
- 読了時間: 7分

スペイン、マドリードの夜は、始まる時間がおかしい。
夜10時。
日本なら、そろそろ帰りの電車を気にし始める頃だが、グラン・ビアにはまだ昼間のように人がいる。
劇場の巨大な看板が光り、バルのテラスではワインを飲み始めたばかりの男女が笑っている。
こいつら、今日中に帰る気がない。
俺も人のことは言えない。
観光客が行き交う大通りから少し外れ、Calle de la Flor Bajaという細い通りを歩いていた。
目的地は「New Girls Cabaret」
マドリード中心部にある老舗のストリップクラブだ。
場所
表向きは、酒を飲みながら女性のダンスを楽しむ店。
ただ、事前に調べた限りでは、ダンスは前菜に近いらしい。
女性と話がまとまれば、ステージ横の階段を上り、2階の個室へ行く。
つまり、ストリップクラブの顔をしているが、客の多くが見たいのはステージの上ではない。
階段の上だ。
店内へ入ると、中央にはポールの立ったステージがあり、その周囲に椅子とテーブルが並んでいた。
赤と紫の照明。
奥にはバーカウンター。
そしてステージの横には、暗い2階へと伸びる階段。
あれか… ニヤリ
大人だけが上れる階段。
一段上るたびに、財布が軽くなっていく階段。
とりあえず椅子に座り、店内を観察しようとした。
だが、ショーを待つ必要すらなかった。
こちらが店内を観察するより先に、
向こうが俺の財布を観察していた。
一人の女性が、迷うことなくこちらへ歩いてきた。
長身で、細い。
細いのだが、ただ薄いわけではない。
腰はしっかりくびれ、その上下には、
男が迷子になるために必要な曲線が配置されていた。
髪は暗めのブロンド。
白い肌に、少し冷たい色の目。
国籍は聞いていないが、東欧のどこかから来たような雰囲気がある。
笑っていないと、かなり近寄りがたい。
美人というより、検査官だ。
何も悪いことをしていないのに、パスポートを見せたくなる。
彼女は俺の隣に座ると、短く聞いた。
「Alone?」
「Yes」
以上。
我々の英会話は、開始5秒でほぼ終了した。
彼女の英語も流暢ではない。
俺の英語はもっと流暢ではない。
だが、こういう場所でシェイクスピアを語る必要はない。
必要なのは数字だ。
彼女は俺の膝に手を置き、顔を近づけながら、
スマートフォンの電卓に数字を打った。
200。
俺は首を振り、150と打ち直した。
彼女が俺を見る。
「Sixty minutes?」
「Yes」
彼女は少し考え、頷いた。
60分、150ユーロ。
ゴム付きで最後まで。
料金は店の一律価格というより、女性との直接交渉で決まるようだった。
50ユーロの値下げに成功した。
スペイン入国後、初めて何かに勝った気がした。
彼女がさらに顔を近づけ、耳元で言った。
「Cash?」
俺には、こう聞こえた。
「Kiss?」
え、早い…
マドリードの女は展開が早い。
値段が決まったら、もうキスなのか。
情熱の国は、契約締結から納品までが速い。
俺は素直に顔を近づけた。
彼女は無言で半歩引いた。
そして、俺の目の前に、手のひらを差し出した。
「Cash!」
もう一度、今度はさっきより大きい声で、
ゆっくり、はっきりと言った。
キスではない。
キャッシュだ。
恋が始まると思ったら、会計が始まった。
恥っ!
唇を少し突き出したまま財布も出さない日本人を見て、
彼女は数秒間固まった。
そして初めて、声を出して笑った。
冷たかった目元が一気に崩れる。
か、可愛い。
この子に決めた!
いや、すでに料金交渉まで終わっている。
決める順番が遅い。
お金を渡すと、彼女は立ち上がり、
指先だけで俺を呼んだ。
俺は一度もポールダンスを見ないまま、
ステージ横の階段を上った。
個室にはベッドと鏡、小さなシャワースペースがあった。
彼女はシャワーを指さした。
「Shower?」
俺は自信満々に答えた。
「Sure」
もちろん。
何が「もちろん」なのか分からないが、肯定だけはできる。
彼女はもう一度シャワーを指さした。
「Shower」
あ、シャワーか…。
Sureではない。
俺は服を着たまま、入浴への全面的な賛意だけを表明していた。
彼女がまた笑う。
どうやら今夜の俺は、服を脱ぐ前から
彼女の笑いのツボだけを正確に刺激している。
シャワーを浴びて戻ると、
彼女はベッドの端に座っていた。
脚を組み、こちらを見ている。
さっきまでの笑顔は消え、
また少し冷たい顔に戻っていた。
手招きされ、近づく。
指先が胸をなぞり、肩へ回る。
香水の奥に、シャワーを浴びたあとの石鹸の匂いが混じっていた。
「Relax」
彼女は短く言った。
言われなくてもリラックスしたい。
むしろ、こちらは先ほどからリラックスを探している。
だが、どこにもいない。
彼女の長い脚が腰に絡む。
細い身体が近づき、胸の柔らかさが押しつけられる。
冷たい目のまま、触れるときだけ声が甘くなる。
このギャップはずるい。
人間、笑顔だけでなく、温度差にも弱い。
俺が腰に手を回すと、彼女はその手をつかみ、少し下へ移動させた。
どうやらそこではないらしい
こちらには主導権どころか、手の置き場所を決める権利すらなかった。
50ユーロの値下げには成功した。
その代わり、2階へ上った瞬間から人権まで値下げされている。
彼女は焦らすように身体を近づけ、こちらの反応を見る。
目が合う。
少し笑う。
また冷たい顔に戻る。
長い脚。
細い腰。
髪が頬に触れるたびに、甘い匂いが残る。
完璧だった。
女も、部屋も、流れも。
問題があるとすれば、俺だけだった。
身体が、思ったほど反応しない。
いや、まったく働いていないわけではない。
やる気はある。
意思もある。
ただ、現場への到着が遅れている。
俺はマドリードまで無事に来た。
しかし、俺の息子だけがまだ日本で時差ボケしていた。
だが、その息子も彼女が咥えると
はちきれんばかりに目覚めた。
普段は何も考えずに勝手に立ち上がるくせに、
いざ本番になると急に慎重な公務員になる。
彼女の口の中で、息子は着実に目を覚ました。
舌の使い方が、俺の英語より遥かに流暢だった。
そして、舐めながら俺の顔を見る。
「You think too much」
彼女はそう言いながら、指で俺の息子を軽く叩いた。
そして耳元へ口を近づけ、ゆっくり続けた。
「Don’t think. Just feel」
考えるな!
感じろ!!
ブルース・リーなら拳が飛んでくる場面だが、
マドリードでは長身の美女が俺の上に乗ってきた。
そこから、彼女の動きが変わった。
そっと俺の息子に帽子をかぶせると、彼女と俺を合体させた。
目の前にある彼女の身体だけを見る。
髪が肩から落ちる。
細い腰がゆっくり動く。
冷たかった目が、こちらの反応を確認するように細くなる。
彼女は急がない
こちらが焦るほど、ゆっくりになる。
身体を押しつけたかと思えば、少し離れる。
出てしまいそうなので、たまらず俺は、
また何か考え始めて出ないように踏ん張る。
その姿を見て彼女は、口元だけで笑う。
言葉はほとんど通じない。
それでも、彼女が何を求め、
俺が何を感じているのかは分かった。
彼女の手が動けば、俺の身体が答える。
俺が触れれば、彼女が腰の角度を変える。
言葉では何一つまともに通じなかった二人が、身体だけで会話している。
俺たちは、言葉を越えた。
少なくとも、そのときの俺は本気でそう思っていた。
呼吸が速くなる。
腰の動きも早くなる。
彼女がたたみ掛けてくる。
フィニッシュと同時に身体の力が抜ける。
ようやく息子も、遅れてマドリードへ入国した。
すべてが終わると、彼女は時計を見た。
そして、それまでで最も分かりやすい英語で言った。
「Time」
時間だ。
CashもShowerも理解できなかった俺だが、この単語だけは一発で分かった。
人は、聞きたくない英語ほど正確に聞き取れる。
彼女は髪を整え、服を着る。
数秒前まで俺の上にいた女が消え、
そこには次の仕事へ向かうプロがいた。
俺も服を着て、一緒に階段を下りた。
余韻を抱えながら振り返ると、
彼女はすでに別の男の隣に座っていた。
膝に手を置き、顔を近づけている。
えっ!!
俺にしたのと、まったく同じ角度だった。
彼女が男の耳元で何かを言う。
男はすぐに財布を取り出した。
どうやら、CashをKissと聞き間違えたのは俺だけだった。
俺だけに見せたと思っていた笑顔は、
すでに次の客へ納品されている。
考えるな!
感じろ!!
彼女の教えを忠実に守った結果、
俺は気持ちよくなり、
150ユーロを失い、
最後に少しだけ傷ついた。
やはり人間、会計と恋愛については多少考えた方がいい。
さすがにブルース・リーも
ここまでは教えてくれなかった

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