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たぶん、そういうことだと思っている [第3話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 3月29日
  • 読了時間: 3分

更新日:3月30日



【第3話】知らない場所の夜


ホテルの部屋に入ると、アオイは窓の外を見た。

夜景が広がっていた。川と、橋と、向こう岸のネオン。悪くない景色だった。俺はミニバーから水を二本取り出して、一本をアオイに渡した。

「ありがとう」

小さな声だった。

アオイはまだ窓の外を見ていた。俺は少し離れた位置に立って、同じ景色を眺めた。隣に立つでもなく、後ろに立つでもなく。この距離感が大事だ。詰めすぎると女は身構える。離れすぎると流れが冷める。


「景色、好きですか」

「うん。こういうの好き」

「どういうの」

「知らない場所の夜、みたいな」

それは少し詩的な言い方だと思った。村上春樹を読んでいた女の言葉らしい、とも思った。俺はアオイの横顔を見た。窓の明かりが横から当たって、鎖骨のあたりに小さな影ができていた。首筋が白い。


俺はゆっくりと隣に立った。

アオイは動かなかった。逃げなかった、ということだ。俺たちはしばらく、同じ夜景を黙って見ていた。肩が触れるか触れないかの距離にある。

「緊張してる?」

「・・・してない」

「嘘だ」

「・・・してる」

正直に言えた。それで十分だった。

俺はアオイの肩に手を置いた。そっと、確認するように。アオイの体が少し固まった。固まったまま、でも離れなかった。

この「固まったまま離れない」という反応が、俺はずっと好きだ。拒絶じゃない。受け入れでもない。ただ、ここにいる、という意思表示。言葉より正直な何かだと思っている。

振り向いたアオイの顔が、近かった。

「・・・なんか」

「うん」

「Mさんって、ずるいですよね」

俺は笑った。ずるい、という言葉を悪い意味で使っている女を、俺はあまり見たことがない。


明かりを落とした部屋の中で、アオイは思ったより大胆だった。

白いブラウスの下に隠れていた体は、48キロという数字通りの柔らかさと重さを持っていた。シミ一つない背中。細くはないが、均整が取れている。23か24の体というのはそういうものだ。重力に逆らっている。あらゆる部分が、まだ上を向いている。


俺は急がなかった。

急ぐ理由がなかった。アオイには翌昼まで時間がある。俺は翌朝11時まで予定がない。時間があるときこそ、使い方が問われる。急いで消費するより、ゆっくり確かめる方がいい。それは仕事でも、こういう夜でも、変わらない。

アオイが時折、小さく声を出した。

抑えようとして、抑えきれない類の声だった。そういう声が一番いい。作った声じゃない。

俺はアオイの髪に触れた。セミロングの毛先が、指の間をすり抜けた。機内で横目に見たときから、触れたいと思っていた。そういう些細なことを、人は意外と覚えている。

窓の外では川が流れていた。向こう岸のネオンがまだ灯っていた。俺たちがどれだけの時間をそこで過ごしたのか、正確には覚えていない。気づいたら深夜2時を回っていた。


アオイは俺の腕の中で、少しだけ眠った。

俺は眠れなかった。天井を見ながら、明日の打ち合わせの段取りを頭の中で整理していた。仕事の話を考えながら、隣で寝ている女の体温を感じていた。

矛盾しているようで、これが俺の日常だった。

翌朝、アオイが目を覚ましたとき、俺はすでに起きていた。コーヒーを二杯用意していた。アオイは少し驚いた顔をして、「ありがとう」と言った。昨夜と同じ言葉だったが、温度が少し違った。


「ちゃんと眠れた?」

「うん。・・・よく眠れた」

その言い方が、妙に素直だった。飾りがなかった。俺はそういう朝のアオイの方が、夜より少し好きかもしれないと思った。

窓から朝の光が入ってきた。夜景だった川が、今度は普通の川に見えた。景色は同じなのに、光が変わると全然違うものになる。

「友達との合流、何時だっけ」

「昼過ぎって言ったじゃないですか」

「まだ時間あるじゃないか」

アオイは少し笑った。えくぼ。





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