APPLE PEN ホーチミン
- GENPASS 編集 八田

- 7月21日
- 読了時間: 5分

ホーチミン7区・フーミーフンの夜は、少し不思議だ。
中心地のようなギラギラ感はない。
でも、妙に整った街並みの奥に、
男のしょうもない期待だけが湿気みたいに残っている。
韓国料理屋、日本語の看板、静かな通り。
一見すると落ち着いたエリアなのに、
夜になると急に「知っている人だけが知っている扉」が出てくる。
その中にあるのが、APPLE PEN。
旧Queen Bee系とも言われていた、ホーチミン7区のマッサージ店である。
※この記事は2025年時点の情報です。現在の営業状況や料金、サービス内容は変わっている可能性があります。
場所
APPLE PEN。
もう名前が軽い。
軽すぎる。
ペンパイナッポーアッポーペン。
わかっている。みんな思ったろ。
それ言っちゃったかって。そしてそれ古いって。
そう、分かっていてもピコ太郎こと古坂大魔王が世界を揺らした、あの謎の呪文が脳内で勝手に再生される。
もう10年くらい前の流行である。
だが、油断してはいけない。
名前はふざけている。
でも中身は、ホーチミン夜遊び界の古いフォルダに残っていたQueen Beeの残像だ。
だから時間は120分、2時間。
長いって?
敢えて期待を込めて120分にした。
日本人の下心が、余裕で一回反省して、また復活できる時間である。
店に入ると、まず「昔はもっと勢いがあったんだろうな」という空気がある。
最新店のピカピカした派手さではない。
だから、どこか古い。
でも、その古さが妙に生々しい。
新築のショールームではなく、
何人もの日本人が過去にしょうもない顔で通り抜けてきたであろう、夜の通路。
壁や照明に、歴史というより“男の失敗ログ”が染み込んでいる感じがする。
女の子は選べる。
ただし、最新店みたいに大量の選択肢がドーンと並ぶ感じではない。
昔より人数は減った、なんて話もある。
だから、選ぶというより、
今いる現実の中から「今日の自分」を決める感じだった。
かわいい子もいる。
愛想のいい子もいる。
逆にスマホを見て、省エネモードの子もいる。
目が合っても「あ、また日本人ね」くらいの温度の子もいる。
その中で、一人の女の子が目に入った。
派手ではない。
でも妙に慣れている。
笑い方に余裕がある。
こっちの緊張を見抜いたうえで、
わざと見逃してくれているような顔をしていた。
俺はその子を選んだ。
いや、選んだつもりだった。
後から考えると、あれは選んだというより、
完全に向こうの土俵に乗っただけだった。
部屋に入る。
ここから空気が変わる。
さっきまでの少し古びた店の雰囲気が、個室に入った瞬間、急に近くなる。
音が小さくなる。
距離が詰まる。
部屋の空気が、少しだけ重くなる。
女の子がこちらを見る。
「日本人?」
「はい」
「初めて?」
「まあ……はい」
すると彼女は、少し笑った。
「大丈夫。わかる」
怖い。
何が分かる。
俺の国籍か。
初回感か。
それとも、これから俺がどういう顔になるかまで、
もう全部分かっているのか。
「日本人、みんな最初ちょっと緊張する」
やめろ。
俺を“みんな”に入れるな。
俺は今、個性を持った一人の男としてここに来ている。
いや、嘘です。
だいたい“みんな”と同じです。
マッサージが始まる。
最初は普通にうまい。
肩、背中、足。
ゆっくり触れながら、こちらの反応を見ている。
力の入れ方も、距離の取り方も、妙に手慣れている。
新しい店の勢いではない。
老舗の「はいはい、こういうの好きでしょ」である。
こっちは少し背伸びして、旅慣れた顔をしていた。
ホーチミン7区も分かっています。
Queen Beeの流れも知っています。
APPLE PENという名前にも動揺してません。
そんな顔をしていた。
でも女の子は、その薄いメッキを最初の10分で剥がしてくる。
「緊張してる?」
「いや、そんなことは……」
「してる」
断定すな。
しかも当てるな。
俺の心拍数を、ベトナム語字幕なしで読むな。
彼女はクスっと笑う。
その笑い方がまたずるい。
バカにしているわけではない。
でも完全に分かっている。
そこから、距離がさらに近くなる。
手つきが変わる。
空気が変わる。
普通のマッサージの顔から、
少しずつこっちの脳が勝手に別ジャンルへ移動していく。
声が近い。
体温が近い。
笑うタイミングが近い。
文字にするとそれだけなのに、個室の中では情報量が多すぎる。
脳のメモ帳がどんどん使い物にならなくなる。
彼女は急がない。
でも動きが止まらない。
こっちが反応する場所を、少しずつ確認してくる。
そして反応した瞬間、またクスっと笑う。
やめろて。
その笑いは確認印か。
俺の羞恥心にスタンプを押すな。
「日本人、やさしい」
「そうですかね」
「でも、すぐわかる」
何がだ。
やさしさか。
緊張か。
それとも俺の中にいる量産型日本人スケベか。
彼女はたぶん、日本人客に慣れていた。
そしてその慣れ方が、嫌な感じではなく、妙にうまい。
こちらの下心を否定しない。
でも、泳がせる。
泳がせたうえで、だいたいの反応を先回りしてくる。
余裕を出す。
でもバレる。
最後は結局、彼女のペースに飲まれる。
俺のすべてを飲まれる。
俺はAPPLE PENで、何か新しい体験をしたかった。
しかし実際には、旧Queen Beeから続くであろう日本人客の型に
すっぽりはめ込まれていた。
体ごと。
そして悔しいことに、それが気持ちいい。
女の子の慣れと、距離感と、
少し古い店の空気が混ざって、妙に逃げ場がない。
最後の方には、もう完全に負けていた。
気持ちよすぎて何が何だか分からなくなっていた。
だから、何に負けたのか分からない。
APPLE PENで一番恥ずかしかったのは、
店名がPPAPみたいだったことではない。
日本人に人気だった店に行った結果、
女の子に“日本人客あるある”として完全に先読みされたことである。
その扱いが妙にうまかった。
APPLE PEN。
名前は10年前の一発ギャグみたいに軽い。
でも中身は、ホーチミン夜遊び界の古いフォルダに残っていたQueen Beeの残像だった。
ペンもリンゴも時代遅れになった。
PPAPのブームも、とっくに過去のものになった。
でも男の下心だけは、いつも勝手に最新OSへアップデートされる。
そしてそのアップデート内容は、だいたい毎回しょうもない。

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