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なんとなく、台北行きにした [第3話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 4月5日
  • 読了時間: 3分

更新日:4月6日



【第3話】乳酪餅の朝


翌朝6時半に目が覚めた。

商談は10時からだ。準備には2時間もあれば足りる。シャワーを浴びて、ホテルの外に出た。高雄の朝は早い。7時前でも街が動いている。屋台が開いていて、スクーターが走っていて、どこかから油の香りが漂ってくる。


早餐店を探した。

台湾の早餐文化を知らずに台湾旅行を終えるのは、もったいないと俺は思っている。ホテルのビュッフェより、街角の早餐店の方がずっといい。地元の人間が並んでいる列に黙って加わって、熱々のものを受け取る。その朝の10分が、旅の質を変える。


「乳酪餅」を頼んだ。

パイ生地の中に、パン、チーズ、卵を挟んだものだ。一口噛むと、バターの香りが鼻を抜けて、チーズがとろける。カロリーの暴力みたいな食べ物だが、これを食べると、その日一日やれる気がする。30元前後。日本円で150円ほど。この金額で、この満足感。台湾の朝食が最強と言われる理由が、一口でわかる。

観光客向けのカフェのモーニングに1500円払うより、この早餐店の乳酪餅を150円で食べる朝の方が、旅としての密度が高い。これは断言できる。


場所を知っていれば、の話だが。

プラスチックの椅子に座って、乳酪餅を食べながら、昨夜のことを整理した。

ナツキとは結局、2時間ほど話した。

店を出たのが22時過ぎ。夜市に少し寄って、タピオカを飲んで、そこで別れた。連絡先は交換した。「明日移動なんですよね」と俺が言うと、「午後3時のバスで台南に行く」と返ってきた。


つまり、午前中はまだいる。

昨夜の帰り際、ナツキがこう言った。

「台南も行くんですか」

「出張で来てるんで」

「そっか。・・・残念」

残念、という言葉をどう取るか。社交辞令の可能性もある。でも言い方が、少し柔らかかった。俺はその温度を確かめたいと思っていた。


乳酪餅を食べ終えて、スマホを開いた。

昨夜交換したナツキのLINEに、メッセージを入力した。

「朝ごはん、もう食べましたか」

既読がついた。1分後に返信が来た。

「まだです。これから出ようとしてたとこ」

「早餐店、知ってますか」

「行ってみたかったんですよ、どこか良い店」

俺は店の名前と場所を送った。5分後、「行きます」と返ってきた。

10分後、ナツキが来た。


昨夜と同じ童顔。でも朝のナツキは、夜より少し柔らかかった。化粧が薄い。というより、ほぼしていない。それでも十分可愛いというのは、素の可愛さを持っている女の特権だ。

「これ、なんですか」

俺が食べていた乳酪餅を見て、ナツキが言った。

「頼んでみてください」

ナツキは同じものを注文して、一口食べた瞬間、目が丸くなった。

「なにこれ、やばい」

「でしょう」

「チーズがとろとろで」

「朝からカロリー犯罪みたいな食べ物ですよね」

ナツキが笑った。口元を手で隠す、あの笑い方だった。昨夜も一度見た笑い方だ。こういう笑い方をする女は、笑顔を見せることに少し照れがある。それが逆に、見る側には刺さる。

「バス、3時なんですよね」

「そうなんです」

「商談、10時に終わったら連絡します」

ナツキが少し間を置いた。

「・・・うん」

その「うん」は、昨夜の「残念」より、少し温度が高かった。




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