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なんとなく、台北行きにした [第2話]

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 三好
    GENPASS 編集 三好
  • 13 分前
  • 読了時間: 3分


【第2話】ほくろの位置


声をかけたのは、食後のドリンクを取りに立ったときだった。

作戦でも何でもない。彼女の隣のドリンクバーに手を伸ばしたとき、目が合っただけだ。向こうも同じタイミングで立っていた。


「日本の方ですか」

俺が先に言った。

「・・・あ、はい」

少し驚いた顔をした。でも、嫌そうではなかった。それだけで十分だった。

「一人ですか」

「そうです。旅行で」

「高雄、何日目ですか」

「今日で3日目です。明日移動で」

テンポよく返ってくる。壁を作っている感じがない。俺は自分の席に戻りながら、「美味しいですよね、ここ」と言った。

「めちゃくちゃ美味しいです」

彼女が言った。

声に屈託がなかった。「めちゃくちゃ」という言葉が、童顔の見た目と妙に合っていた。俺は自分の席に戻って、コーヒーを一口飲んだ。


次の手を考えた。

同じ店に一人でいる、という共通点がある。これは使える。「一人飯の連帯感」みたいなものを、女は意外と持っている。特に海外での一人行動に慣れている女は、同じ状況の人間に対して開きやすい。

俺は席を立って、彼女のテーブルに近づいた。

「隣、いいですか」

一瞬の間があった。0.5秒か1秒か。その間が長すぎなかったことを、俺は確認した。

「どうぞ」

向かいに座った。


改めて見ると、目が大きい。切れ長ではなく、丸い。茶色がかった瞳で、照明を受けてわずかに光っている。童顔というのは顔のパーツの配置の問題で、実年齢とは関係ない。この女の場合、目と口の距離が少し近い。それが幼く見える理由だと、俺は思った。

そして、ほくろ。

口元の右側、唇の少し上。主張しすぎない大きさで、でも確かにそこにある。こういうほくろを持っている女は、本人が思っている以上に、見る側に何かを想像させる。意図したものじゃないだけに、性質が悪い。


「お仕事ですか」と彼女が聞いた。

「出張です。明日商談があって」

「忙しいのに、一人でご飯食べてるんですか」

「忙しいから一人で食べてるんです」

「・・・なんかわかる気がします、それ」

31歳だと後で知った。

見た目から想像するより6、7歳上だった。でも話してみると、その落ち着きの理由が腑に落ちた。20代前半のふわついた感じがない。自分の言葉で話す。相槌が適切なタイミングで来る。こういう女は、話していて楽だ。

彼女の名前は、仮にナツキとしておく。

ビールを一杯だけ追加で頼んだ。ナツキも同じものを頼んだ。


「高雄、どうでしたか」と俺は聞いた。

「想像より全然良かったです。人が優しくて」

「台北と違う雰囲気、感じましたか」

「全然違う。なんか、のんびりしてる」

「そうなんですよ。俺も来るたびにそう思う」

「何回も来てるんですか」

「4回目です」

「すごい。私、初めてで」

初めての土地で一人旅。31歳。手元に指輪はなかった。スマホをテーブルに出していたが、通知が来るたびに伏せていた。彼氏からの連絡を隠している可能性もあるし、単純に集中したいだけの可能性もある。どちらかは、まだわからない。


ビールが来た。

「乾杯しますか」と俺が言った。

「しましょう」とナツキが言った。

グラスが触れた音が、店内の賑わいの中に消えた。

ナツキがビールを飲んだ。グラスを口元に持っていくとき、ほくろが少し動いた。

俺はそれを見ていた。


【第3話】乳酪餅の朝  へ続く。



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