Pioneer ヤンゴンインターナショナルホテル
- GENPASS 編集 八田

- 4月8日
- 読了時間: 5分

ヤンゴンの夜って、たまに男を雑にその気にさせる。
いや、雑というか、こっちが勝手に都合よく解釈し始める余白が多いのだ。
しかも場所はヤンゴンインターナショナルホテルのPioneer。名前がもう強い。
Pioneer。開拓者。
つまり、今夜このフロアで何かを切り開くのは俺だ、みたいな気分になる。
こういう時の男は本当に安い。
場所
330 Ahlone Rd, Yangon, ミャンマー
まずは、エントランスで40,000MMK払い、ビール1杯付き。ハイネケンかタイガーを選べる時点で、もう少し勝った気になるのが悲しい。
ハイネケンを選んで中へ入ると、まず音がでかい。
重低音が腹に来る。
フロアが揺れている。
いや、正確には客の振動で床まで動いている。
もはやクラブというより、欲望と低音でできた地殻変動である。
真ん中にはDJブース。
その周りで何人もの女性ダンサーが踊っている。
みんなスタイルがいい。
広いフロアに人・人・人。2階もあるみたいだ。
見た瞬間、俺の中の勘違いメーターは一気に振り切れた。
今日は勝てる。
根拠? ない。
え?いつも言っている?
でもこういうのは、雰囲気で言ったもん勝ちだと思っている。
ビートに乗って踊っていると、いろんな女の子がやたら話しかけてくる。
噂には聞いていたがそういう店なのか?いくらか聞いた方がいいのか?
可愛い子ならチャンスをものにしてみるか…ニヤリ
で、しばらくして女の子が話しかけた。
その女の子がまた良くなかった。
いや、良かった。良すぎた。
クリっとした瞳に、背が低いせいか上目使い。
めずらしくちょっと日本語を勉強しているらしく、俺が日本人だとわかった瞬間、明らかに目が変わった。
「日本人?」
「日本語、少しできる」
「教えてほしい」
この3コンボの上目使い。
男が勘違いするには十分すぎる。
しかも店内は爆音である。
普通に話しても聞こえない。
だから自然と顔が近くなる。
耳元で話す。
笑う。
また近づく。
こっちはもう完全に思うわけだ。
あれ、これ俺のこと好きなんじゃない?
違う。完全に違う。
今こうして文章にすると、違うのはわかる。
でもあの時は無理だ。
だって、あの距離。近い。
近いし、笑うし、こっちの日本語に反応いいし、たまに「これ日本語で何て言う?」とか翻訳アプリで聞いてくる。
そんなの、ヤンゴンの重低音の中でやられたら、男の脳は簡単に誤作動する。
もぅ 好き!!!
これもさっきまでのアレかと思い、思い切って値段交渉に入ろうかと思ったら
彼女が俺の腕を軽く引いて、2階の方を指さした。
おいおいおい。
何その展開。
1階で出会って、距離が縮まって、2階へ誘われる。これって…
この店は2階にプレイルームがあるのか
しかも、映画なら完全に次の章である。
俺はビール片手に「なるほどね、今日はそういう流れね」と、誰にも頼まれていないのに納得しながらついていった。
で、2階に着いて初めて気づく。
なんか、人が多い。
しかも、みんなこっち見ている。
あれ?
プレイルームじゃないの?
2人で話す感じじゃないの?
と思った次の瞬間、クラブの音に混じって聞こえた。
「ハッピーバースデー!」
終わった。
いや、終わってはいない。
でも俺の幻想はここで一回、きれいに死んだ。
そこにあったのは秘密のプレイルームではなく、
誰かの誕生日会だった。
しかもさらにひどいことに、そこにいた連中、みんな日本語教室の仲間だったらしい。
つまり俺は、いい感じの女の子に誘われて2階へ上がったつもりが、
実際には“本物の日本人教材”として会場に搬入されただけだったのである。
完全に萎えた…
そこからがすごかった。
「“はじめまして”合ってる?」
「“元気ですか”の返しは?」
「“かわいい”と“きれい”は違う?」
「“やばい”は良い意味?悪い意味?」
「“マジで?”は毎日使える?」
「“ウケる”は古い?」
知らん知らん知らんがな!!
俺は何をしにPioneerへ来たんだ。
女の子といい感じになるためじゃなかったのか。
なんで今、ヤンゴンのクラブ2階で日本語Q&Aコーナーの司会進行をしているんだ。
でも恐ろしいのは、ここから。
最初は「なんだこれ」と思っていたのに、
途中から俺中心で話が回っているからか、俺だんだんノッてくる。
「“やばい”は便利だけど乱用すると危ない」
「“大丈夫”は日本人が一番雑に使う言葉」
「“かわいい”は便利だけど使いすぎると軽い」
とか、偉そうに講義し始める俺。
俺、誰だよ…
ついさっきまでフロアで女の子に距離を詰められて、勝手に脈アリ判定していた男はどこへ行った。
しかも誕生日の主役らしきやつまで、妙に俺へなつく。
飲んでいたハイネケンはどこかへ消えた。
気づけば俺は乾杯させられ、肩を組まれ、日本語で「おめでとう」を言わされている。
もう意味がわからない。
床は1階ほど揺れてないのに、俺の人生の軸だけはめちゃくちゃ揺れていた。
そして最後、誕生会記念の集合写真である。
「こっちこっち!」
と手を引かれ、立たされた位置。
まさかのど真ん中。
左右に誕生日会の主役と、最初に話していたあの女の子。
周りを日本語教室の仲間たちが囲む。
フラッシュ。
笑顔。
ピース。
もらった写真を後から見返して、俺は本当に声が出た。
誰だよ…
この主賓みたいな日本人
俺だった。
完全に捕らわれた宇宙人状態。
Pioneer。開拓者。
確かにあの夜、俺は何かを開拓した。
女じゃない。
ロマンスでもない。
ましてや、ヤンゴンの夜の勝ち方でもない。
ミャンマー人の誕生日会に、違和感なく主賓顔で混ざる能力である。
あの夜、最初に話した女の子はたぶん俺に興味があった。
でもそれは男としてじゃない。
日本語を話せる珍しい生き物として、である。
くそぉぉぉぉ!!!
でも、まあいい。
女を口説きに行って、最後は誕生日会のセンターで写真を撮られる。
こんなズレた夜、日本じゃまず起きない。
だから海外夜遊びはやめられない。



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