グランドリスボア マカオ
- GENPASS 匿名協力記者

- 4月7日
- 読了時間: 7分

マカオに着いた瞬間、空気が違った。
香港からフェリーで1時間。港を出たらタクシーの運転手が何も聞かずにカジノエリアへ向かった。
行き先を伝えていない。
なのにハンドルは迷いなくカジノの方角を向いている。
つまりこの街に来る人間の目的なんて、聞くまでもないということだ。
窓の外に、蓮の花の形をしたビルが見えた。グランドリスボア。夕暮れの空に金色の光が灯り始めている。
東京で言えば歌舞伎町のネオンに近い。ただしスケールが違う。ビル一棟がまるごと光っている。
タクシーの運転手がバックミラー越しにニヤッと笑った。
「あそこだろ?」みたいな顔。
うるせえ。そうだよ。
場所
グランドリスボア Avenida de Lisboa, Macau
入口で、いきなり止められる
カジノの入口でスーツのセキュリティに腕を出された。
「パスポート」
マカオのカジノは21歳以上。日本人は若く見られるから、ほぼ確実に止められる。
パスポートを見せたら生年月日を二度見された。これからマカオに行く人に一つだけ言っておく。パスポートは絶対に持って行け。 ないと入口で追い返される。
ドレスコードはあってないようなもので、Tシャツにスニーカーで問題ない。映画で見た「ジェームズ・ボンドがタキシードでバカラ」みたいな世界を想像していた俺は、中に入って3秒で現実を知ることになる。
カジノの中は、別の惑星だった
最初に目に入ったのが、タンクトップにサンダルのジジイだった。
ヨレヨレのシャツ。日焼けした腕。額に汗。バカラのテーブルに額がつきそうな距離で張り付いている。
完全に血走った顔をしていた。「遊び」で来ている人間の顔じゃない。年末のパチンコ屋で全財産ぶっ込んでいるおっさんの顔だ。
その隣には、パリッとしたスーツの中国人ビジネスマンが涼しい顔でチップを積んでいる。
この落差よ。
ジェームズ・ボンドどこ行った。
そしてもう一つの衝撃。
フロアを歩くたびに、ドレス姿の女の子がドリンクを運んでくる。
スラっとした長身に、太ももの付け根が見えそうなスリットが入ったチャイナドレス。
しかもこの子たちのサービスが地味にうまい。テーブルに近づくとき、必ず軽く微笑みながら目を合わせてくる。
「何か飲みます?」じゃなくて、目線だけで「飲む?」と聞いてくる。
あれは技だ。
日本のキャバクラの「すごーい!」連発の100倍、静かに殺しにくる。
この子たちに見惚れて財布のヒモが緩む男、相当いると思う。俺もそうだった。
さらにフロアの一角にはステージがあった。ボディラインがくっきり出たドレスのお姉さんが、腰を揺らしている。照明が当たるたびに衣装がキラキラ光る。
目のやり場に困る、というのは嘘だ。
周りの男たち、全員がっつり見ていた。
俺も含めて。
いや、俺が一番見ていた。
パチンコ屋にはない。ゲーセンにもない。日本のどこにもない光景だった。
バカラに座った。5分で死んだ。
チャイナドレスのお姉さんに目を奪われながらも、せっかく来たのでバカラのテーブルに座った。
ルールは単純だ。「プレイヤー」か「バンカー」か、9に近い方が勝ち。それだけ。
問題は最低ベット。
1回、300HKD。
椅子から腰が浮きかけた。
いや待て、ここで日和ったら負けだ。何に負けるのかは知らない。
でも男はいつだって、存在しない敵と戦っている。
「せっかく来たし」
「ここでケチったら負け」
「フェリー代のほうが高い」
気づけば300HKD置いていた。
カードが開かれる。数秒。
勝った。600HKD。
おっ、いけるじゃん。
この時点で俺の脳内では、帰国後に居酒屋で話す用のエピソードの編集がもう始まっていた。
「いやマカオのカジノでさ、バカラ初挑戦で勝っちゃってさ」
「えー!すごいじゃん!」
「まあ、センスっすかね」
「かっこいい〜!」
ここまで脳内再生した。
女の子のリアクションまで自分で用意している時点で、もう相当キている。
調子に乗った。
次、「バンカー」。負け。もう一回。負け。もう一回。負け。
3連敗。
合計900HKDが5分で蒸発した。日本円にして約18,000円。(2026年現在)
居酒屋4回分。
さっき脳内で編集していた「カジノで勝った話」が、3分で「カジノで死んだ話」に差し替えられている。
編集、はっや。
帰国後の居酒屋のエピソードも自動更新された。
「いやマカオのカジノでさ、5分で18,000円溶けてさ」
「えー、バカじゃん」
「……うん」
女の子のリアクションが「かっこいい」から「バカじゃん」に変わるまで、わずか5分。
ふと横を見たら、あのタンクトップのジジイがまだ同じ姿勢でテーブルに張り付いていた。
あと30分ここにいたら、俺もああなる。間違いない。
すると、例のチャイナドレスのお姉さんがすっと近づいてきて、にっこり笑って、
「お飲み物、いかがですか?」
何か気の利いたことを言いたかった。
でも18,000円溶かした直後の男の語彙力はゼロだ。
「あ、大丈夫です」しか出てこなかった。
お前、語彙力もカジノに置いてきたのか。
席を立った。
外に出て、ようやく人間に戻れた
カジノの中にいると金銭感覚が壊れる。
6,000円が「まあ1回くらい」になり、18,000円が「まだ取り返せる」になる。ソシャゲの天井と同じ構造だ。しかも天井がない。
チャイナドレスのお姉さんが笑顔で飲み物を運んでくるから、余計に席を立ちにくい。
あの笑顔は罠だ。綺麗な罠。
やばい、と思って外に出た。

グランドリスボアの近くにあるバーに入った。ヨーロッパ風の落ち着いた店で、テラス席からカジノ街のネオンが見える。マカオはかつてポルトガル領だったから、こういう洋風のバーが街のあちこちにある。
メニューを開くと、ベルギーのGrimbergen、イタリアのAngelo Poretti、フランスの1664 Blanc、そして日本のアサヒ。アジアとヨーロッパが雑に同居している。いかにもマカオだ。
Grimbergenの黒ビールを頼んだ。濃くて、重い。
カジノで溶かした18,000円のことを考えながら飲むビールは、不思議とうまかった。
18,000円あったら、このビールを20杯は飲めた。でも20杯飲んだらタクシーで帰れない。結局どっちにしろ金は消える。マカオはそういう街だ。
深夜1時を過ぎても、バーには人がいた。
隣のテーブルでスーツの男が電話をしながらワインを飲んでいる。カジノ帰りだろう。
その男が電話を切った後、こっちをちらっと見て、片言の英語で聞いてきた。
「You win?」
聞くなよ、それ。
「……No」と答えたら、その男がニヤッと笑った。
「Me too」
負け同士かよ。
乾杯した。
国も言語も違う男と、「No」と「Me too」だけで通じ合えてしまう。
カジノの負けは、世界共通語だ。
マカオの夜は、外から見た方がいい
帰り道、タクシーの窓から見たグランドリスボアが一番きれいだった。
蓮の花が暗い空に金色の光を放っている。
カジノの中にいるときは気づかなかった。あの光の中にいると、金の流れと人の熱気とチャイナドレスに呑まれて、街そのものが見えなくなる。
外に出て、少し離れた場所から見て初めて思った。
ああ、すごいところで18,000円溶かしたんだな、俺。

マカオは「カジノで勝つ」ための街じゃない。
少し負けて、チャイナドレスのお姉さんに「大丈夫です」しか言えなくて、バーで知らない男と負けを分かち合って、夜景を見ながらタクシーに乗る。
それだけで十分すぎるほど非日常だった。
ただ、あの夜景を見ながら、ふと思った。
あのタンクトップのジジイ。
俺が18,000円で済んだのは、30分で逃げたからだ。あのジジイにも最初の1回目があったはずだ。「バンカー」に300ドル置いて、勝って、脳内で居酒屋のエピソードを編集して、チャイナドレスの笑顔に見惚れて、調子に乗って——
全部、俺と同じだったはずだ。
違いは、席を立ったか、立たなかったか。
チャイナドレスの笑顔を振り切れたか、振り切れなかったか。
それだけ。
マカオの夜は、負けたあとに、ちゃんと席を立てるかどうかを試される場所だ。
俺はなんとか立てた。18,000円と引き換えに。
あのジジイは、たぶんまだあそこにいる。

【マカオ / グランドリスボア 基本情報】
場所:上記地図確認
形式:カジノ+フロア内バー+周辺バー街
営業時間:カジノは24時間。周辺バーは深夜2〜3時頃まで
入場条件:21歳以上、パスポート必須(日本人は若く見られるので確実に止められる。忘れたら入れない)
ドレスコード:なし(タンクトップのジジイが証明済み)
バカラ最低ベット:300〜500HKD
アクセス:香港からターボジェットで約1時間
注意:金銭感覚が壊れる。予算を決めてから入ること。チャイナドレスの笑顔に負けて追加ベットするな。俺は負けかけた。


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