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Dollhouse Bar アンヘレス

  • 執筆者の写真: GENPASS 編集 八田
    GENPASS 編集 八田
  • 3月24日
  • 読了時間: 6分

更新日:3月24日



アンヘレスの夜って、毎回「今日は冷静に行こう」と思ってホテルを出るくせに、10分後にはその決意が紙みたいに薄くなっている。

俺の理性、毎回コンビニのレシートくらいの耐久力しかない。

そして何年か前のその夜、俺は、Dollhouse Barとかいう名前の店に吸い込まれていった。



場所

109 Raymond St, Balibago, Angeles, 2009 Pampanga, フィリピン



店内は、例によって明るすぎず暗すぎず、

「見えすぎると冷静になるし、見えなさすぎると不安になる」という男の弱さだけを完璧に研究した照明。

すごい。たぶん設計したやつは心理学者か悪魔だと思う。

そして座る。

女の子が現れ、横に座る。

もろストライク!!日本人対応がすごい!

え!でも、なんでわかるの?


価格は、ビール200ペソくらい。LDは400~500ペソ。

バーファインは、色札によって価格が違ってくるが、4000~7000ペソほど。

そしてその子は細身で、愛想がよくて、ニコニコしていて、こっちを見るたびに

「あ、日本人慣れしているな」

とわかる安心感がある。

そして着席して、第一声。


おめえ、

どっから来たんだ?


え……いや待て。

誰だお前。

どこの天下一武道会の受付だ。

俺、一瞬で酒が引いた。

いや正確には引いたんじゃない。

脳の処理が追いつかなくて、酔いが一時停止した。

「え、今なんて?」

って笑顔で聞き返したら、その子は満面の笑みで、もう一回言った。


オラ、ちっとだけ日本語できっぞ


ちょっと待て。

日本語ができるとかできないの話じゃない。

日本語の教材が極端すぎる。

何?

君の先生、鳥山明?

絶対、日本語学校で習ってねえな。

聞くと、彼女は幼い頃からドラゴンボールのフィリピン語吹き替えを見ていたが、

「日本語版がかっこいい!!」って思って日本語版を見るようになったらしい。

そして日本語版の悟空の言葉が、彼女の日本語の全てになった。

孫悟空から日本語を学んだ女。



そこからの会話がもう全部おかしい。

「飲む?」と聞けば

「オラ、飲めっと元気出っぞ!」

「日本人のお客さん多いの?」と聞けば

「おめえみてえな客、けっこう来っぞ!」

「今日忙しい?」と聞けば

「オラ、今日はまだ本気出してねえ!」


いや、なんなんだよ。

その“まだ変身を2回残しているセル”みたいな言い方。

しかも本人は全くふざけていない。

むしろ真面目。日本語を使えることに生きがいを覚えて目がキラキラしている。

ここで俺は、だんだん面白くなってきて、むしろ話を合わせて楽しむことにした。


俺「オラもドラゴンボール、

 めっちゃ好きだっぞ!笑」


さらに彼女の瞳が輝いた。

俺が「誰が好きなの?」と聞くと、

「オラ、悟空すき!でもベジータもかっけえ!」

わかる。世代だから。

わかるけど、そのテンションで接客されると、

俺が今払っているのはセット料金なのか、精神と時の部屋の使用料なのかわからなくなる。

しかも時々、妙に日本語がうまい瞬間があるのが腹立つのだ。

飲み物が来たとき、彼女は急に丁寧な発音で


どうぞ、

ゆっくりしてください


って言った。


おい!

普通に話せるじゃん!!


と思った次の瞬間、

「いっぱい飲んで、元気出すっぞ!」

戻るな戻るな。

わざとなのか、俺をからかっているのか。

敬語と戦闘民族を反復横跳びするな。

この感覚、何かに似ていると思ったらあれだ。

地方の人が東京で、タメ語で話すと地元の言葉が出てきて、敬語を話すと標準語になる、っていう地方出身者あるあるだ。



俺はだんだん楽しくなりすぎてきて、本来の女の子を口説く客じゃなく、影響されてクリリンみたいな気持ちになってきた。

普通こういう店って、男は少しでも格好つけたいって思うけど、この日は無理だった。

でも、それが楽しかった。

だから、女の子がわざとやっていたとしても、今夜はその流れに乗ってみることにした。

そして、俺が何を言っても、全部「都会に来たクリリン」みたいな立ち位置にされる。

「日本では何しているの?」と聞かれて答えると、

「へえ〜、すげえな!

 おめえ、がんばってんだな!」


急に褒められる。

しかもその褒め方が、強敵と戦う前の悟空 なのよ。

「今日は疲れたよ」と言えば

「だいじょうぶだ!

 オラが仙豆わけてやっぞ!」

ポップコーンを口元まで持ってきてくれる。

楽しくなって、「ちょっと飲みすぎたかも」と言えば

「そんなときは水飲め!

 水はつええぞ!」

なんなんだこの時間。楽しすぎてこの子で遊んでいる俺がいる。

いや、俺が遊ばれているのか。

そうだよ、この子ふざけている。だが、楽しい。

俺、アンヘレスに来たはずなのに、

気分的には、一緒にカメハウスで修行している悟空と会話している感じになってきた。



楽しい。悔しいが楽しい。

こういう“ちゃんとしてないのに成立している時間”って、海外夜遊びの醍醐味そのものだ。

で、そろそろ出るかと思って、俺が会計を頼みつつ

俺「じゃあ、そろそろ行こうかな」

すると彼女が、少し寂しそうな顔をして、でも笑ってこう言った。

「もう帰っちまうのか?さみしいぞ……

 でも、また会いてえ!」


おい。急にエモくなるな。ていうか、なんだかだんだん似てきたな…

その口調で切なさを出されると、こっちはフリーザ編のエンディング前みたいな気持ちになるだろ。

俺もつられて、ちょっといい感じに

「また来るよ」


すると彼女が最後に、ものすごく良い笑顔で、俺の肩をポンと手を置いて言った。


ぜってえ来いよ!!

待ってっぞ、クリリン!


……は?え?

今なんつった?

ク、クリリン?

俺、ずっとクリリンだったの?

ここまで会話して、俺、最後までクリリンポジ?

なんとなく俺も感じていたが、やっぱそうなのね。


主人公ですらない。ベジータでもない。

ピッコロでもない。せめて天津飯かと思ったのに、


まさかのクリリン確定…


いや、クリリンはすごいよ?

人格者だし、地球人としてはトップクラスだし、

元人造人間の18号と結婚して子供も作って子孫繁栄に貢献している。

最終的にかなり勝ち組だよ?


俺もオモシロに振り切ったとはいえ、夜のアンヘレスで男に対して

ラストで“お前クリリンな”は破壊力が高すぎる。


それまでの酒、雰囲気、見栄、男のロマン、全部まとめて


気円斬でスパッと切られた



Dollhouse Bar。

そこは単なるバーじゃなかった。

男の幻想をふわっと持ち上げて、最後に「おめえ、脇役な?」と優しく突き落としてくる高度な技。

感情の天下一武道会だった。


でも、こういう夜がいちばん記憶に残る。

美人だったとか、酒がうまかったとか、店が派手だったとか、そういうことじゃない。

一番覚えているのが


孫悟空だった女の子に、

最後クリリン認定された夜


俺もクリリンぽく答えていたのも悪いが、冷静に考えて意味がわからない。

だが旅って、こういう意味不明の積み重ねでできている。

こういうことが自然発生的に起きる。

だから怖いし、だからやめられない。

……いや、たぶん普通に、俺がこの時坊主だったから。


ハゲの日本人=クリリン


くらいの雑な分類だったんだと思う。

それでもいい。

アンヘレスの夜なんて、最後に笑えたやつが優勝だ。


「クリリンのことかーーーっ!!!」


俺は帰り道、大声で叫んでみて、

フリーザがクリリンを殺害し、悟空が超(スーパー)サイヤ人に覚醒できたように、

俺もなれるか試した夜がそこにあった。


なれるかーー!!!!



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